稲坂良弘(いなさか・よしひろ)<br/>香文化の専門家。1941年東京生まれ。早稲田大学卒。文学座付属演劇研究所を経て、劇作家・脚本家に。1982年にNY国連本部で香道の実演披露を手掛けたことをきっかけに、日本の香文化発信に携わり、香の伝道師と呼ばれる。1573年から続く「香十」の特別顧問も務めている。著書に『香と日本人』(KADOKAWA)がある。(photo by nanaco)
稲坂良弘(いなさか・よしひろ)
香文化の専門家。1941年東京生まれ。早稲田大学卒。文学座付属演劇研究所を経て、劇作家・脚本家に。1982年にNY国連本部で香道の実演披露を手掛けたことをきっかけに、日本の香文化発信に携わり、香の伝道師と呼ばれる。1573年から続く「香十」の特別顧問も務めている。著書に『香と日本人』(KADOKAWA)がある。(photo by nanaco)

稲坂:それは『日本書紀』の記録に、わずか数行程入っているんです。推古3年(595年)の4月の記録に。
 「三年夏四月 沈水漂着於淡路嶋 其大一囲 嶋人不知沈水 以交薪焼於竈 其烟気遠薫 則異献之」と。楊貴妃も愛したあの沈香、正式には「沈水香木(じんすいこうぼく)」ですけれども、香木が歴史書に登場した一番最初とされています。でも、なぜ聖徳太子がこれを見て、すぐに「沈香」であると分かったのか。

木下:その存在を知らないはずなのに。

仏教の経典と一緒に香木が日本に

稲坂:そうです。実は聖徳太子の時代から70~80年前に、日本に仏教が入ってきているのですが、仏教の経典と一緒に、宗教品として貴重な香木などが入っているんです。ようするに、インドの仏教が中国に、中国から朝鮮半島の百済の国を通して大和に入ってきた時に。

木下:ああ、そうなんですか(笑)。流れ着いたものをくべてみたら、偶然、神秘的な香りが漂って、それが始まりだなんて、奇跡みたいなお話でロマンがあるなと思ったんですけれど。

稲坂:いやそれは、もしかしたらあったのかもしれません。というのは、当時、アジアの交易品で最も貴重なものが香木だったんですね。その頃の中国は隋という大帝国ですが、皇帝が求めた一番の物、黄金と代えてでも求めたのが香木だったのです。香木を使う香の文化は、古代中国で創り出されたんです。ただし、香木は中国では産出されません。陸路と共に恐らく海のシルクロードと呼ばれる、インド、マレー半島から東シナ海を通って、今の広州あたりに船が着くというルートでも入っていたと考えられます。ところが、その途中で台風に出くわしたらどうでしょう。

木下:船が遭難するということですか。

稲坂:船はばらばらになって沈没して、積み荷が黒潮の流れに乗ったとします。そうすると、漂流物は北上していきますよね。黒潮の流れに運ばれて、九州の沖から土佐沖を通って、大阪湾の方に流れていくんですよ。

木下:潮の流れで。

稲坂:それで潮の流れで漂流物が大阪湾に入ると、淡路の浜に辿り着くんです。『日本書記』より後の時代に書かれた『聖徳太子伝略』によれば、そのように理解できます。

木下真理子(書家)<br/>日常生活は言うに及ばず、自身の書道教室でも香を欠かさない(photo by nanaco)
木下真理子(書家)
日常生活は言うに及ばず、自身の書道教室でも香を欠かさない(photo by nanaco)

木下:それはもしかしたら、本当にそうだったと思えるような仮説ですね。

稲坂:はい。そういう伝説の裏側には、一部の事実があると思うんです。あるいはその伝説から世界的な社会背景とか、歴史的な位置付けというものが見えてくるのです。だからその数行の記録には、その向こうにある、当時の世界情勢もが見えているということですね。

木下:なるほど。それで日本に伝来した香が、まずはじめに仏教という宗教の、祈りの香として受容されたわけですね。それについてお聞きしたいのですが、今でもお寺に行くと、モクモクと煙が立っていますよね。

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