風の噂で聞いた。
「掃除機を1日に8億円売った男がいる」
は、はちおくえん?
掃除機が?
1日で?
シャープが債務超過で台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収され、東芝が資本欠損に陥った昨今である。そんな景気のいい話がどこにある。
冗談かと思ったら本当だった。
テレビ通販最大手、ジュピターショップチャンネルの「ショップチャンネル」で4月21日、ダイソンの掃除機が1日に約8億円売れたのである。その陰に凄腕の「カリスマ・バイヤー」がいるという。
モノが売れないこのご時世。ましてテレビはネットに押され、広告事情も苦しいと聞く。テレビ・ショッピングは20年前に生まれた業態で、目新しさがあるわけでもない。これはその、カリスマ・バイヤーとやらにお会いして、秘密を聞き出さねばなりますまい。
風薫る5月のある日、シニア記者は東京・茅場町にあるショップチャンネルのスタジオに突撃を敢行した。
「おはようございまーす」
彼は爽やかに現れた。ショップチャンネル、マーチャンダイジング本部、エレクトロニクス&フード&アザースグループ長の井原正登氏。
世の中、不公平である
カリスマ・バイヤーと聞いて「なんでも売ってやるぜ、俺に任せろ」的な、脂ぎったオジさんを想像していたシニア記者は、いきなり拍子抜けである。
なんだよ、かっこいいじゃないか。
別に不満なわけではないが、8億円売る男がかっこいいのは、なんだか不公平な気がする。
「あなたが、本当に8億円売ったんですか」
面倒なことは嫌いなので、いきなり本題に切り込むシニア記者である。
「正確には7億9000万円ですけど」
爽やかに数字を訂正する井原さん。細かいことはどうでもよろしい。新聞、雑誌ではそれを8億円というのである。
「いつもそんなに売れるのですか」
「いや、この日は特別で。ダイソンさんに頑張ってもらって、ウチでしか買えない特別セットでいいお値段を出してもらいました。おかげで2008年の記録を8年ぶりに塗り替えることができました」
そうか。頑張ったんだ。でも時代はネットでしょ。
「テレビショッピングって斜陽じゃないんですか」
聞きにくいことは、遠回しにせず、ズバリと聞いてしまう方がよろしい。聞かれる方も、妙に気を使われるより楽だったりする。
「そうなんですよ。この会社に入るまで、僕もそう思ってたんですよ」
そ、そうなんですか。やたら屈託のないカリスマである。
「ところがどっこい。うちの会社、この前の決算で18期連続の増収なんですよ。テレビ通販、まだまだ伸ばせると思いますよ」
そんなこと言ったって、ネットで何でも買える時代じゃん。楽天だとポイントたまるし、アマゾンはその日に届くし。シニア記者の顔に浮かんだ疑惑を敏感に感じ取り、カリスマ・バイヤーは言った。
「じゃあ、スタジオに行きましょうか。見てもらった方が早いかも」
見せてもらおうじゃありませんか。8億円売る現場を。
気合いだけではモノは売れません
隣のビルの2階にあるスタジオに行くと、そこはまさに本番中。当たり前である。ショップチャンネルは24時間365日生放送なのだ。
「はい、ひき肉を冷凍してしまうと、これこの通り、全然切れません。でもこの冷蔵庫で冷凍するとほら、この通り」
自社の製品が登場する日は毎回、広島から駆けつけているという三菱電機の名物社員が、サクッとひき肉を切る。
「おおっ!」
女性キャストが感嘆する。
いつもテレビで見ている光景が目の前で繰り広げられる。たった二人だがテンション高い。「ほら、すごいでしょー!」「買いたくなるでしょー!」という気合に溢れている。
だが気合だけでモノが売れるなら、ワシだってお金持ちになる自信がある。世の中、それでは通用しないのだ。
「じゃあ、秘密を教えましょう」
不思議そうにしているシニア記者を、井原氏は別の階にあるコントロール・ルームへと誘った。
何枚ものモニターや機材に囲まれたコントロール・ルームでは、5人の男たちが真剣勝負をしていた。
「おーい、扉を開けてチルド室見せて」
インカムをかけた男が叫ぶと、モニターに映ったキャストがすかさず冷蔵庫の扉を開けた。井原氏が解説する。
「今、叫んだのがセールスプロデューサー。彼のイヤホンはコールセンターの担当者と繋がっていて、『チルド室を見たい』という要望がきた。それをキャストに伝えたんです」
これがアパレルだと「裏地を見せろ」とか「ポケットはいくつある」とか、コールセンターには様々な質問が寄せられる。その声にスタジオは瞬時に答える。インタラクティブじゃありませんか。
「お、売れた」
モニター画面を見ていた井原氏がつぶやく。
「効いてる、効いてる」
何人の視聴者から電話がかかっているか。何人が順番待ちしているか。何台売れたか。モニターには2秒おきに最新の情報が映し出される。セールスプロデューサーはそれを見ながら、番組の内容を変えていく。
「今のコメント効いてる、効いてる。もう一回繰り返して!」
視聴者の反応を見ながら、即興で演出を変える。台本なしのライブである。これは面白い。
感心しきりのシニア記者に井原氏は言った。
「僕らはただモノを売っているつもりはありません。物販付きのライブ映画を作っているんです。視聴者にどれだけ『すごい!』と感動してもらうか。感動がそのまま売り上げになります」
例えば、今の季節、フードバイヤーは来年2月のバレンタインデーを目指し、ショップチャンネルでしか買えない可愛いチョコレートを探しにベルギー、イタリアを巡っているという。
1週間に紹介する商品は700アイテム。1アイテム1時間。1日に24個の「ここでしか買えない」「すごく安い」商品を取り揃え、それを全力でアピールする。その真剣勝負が視聴者を引き込む。流行りのビッグデータやAI(人工知能)ではなく、あくまで人が汗をかくことで、感動を生み出す。地味だけど、すごい努力だ。
テレビショッピングで誰より汗をかいてきたのは、ライバル、ジャパネットたかたの高田明さんだろう。つい意地悪な質問をしたくなってしまったシニア記者である。
「やっぱり、高田明さんの引退は御社にとって追い風ですか」
井原氏はきっぱり言った。
「いや、高田さんには随分、勉強させてもらいました。あちらは利用者の大半が男性。うちは90%が女性ですから、実はあまり競合しない。むしろ意識するのは(業界2位の)QVCさんですね」
なあんだ、そうなのか。意地悪ついでにもう一つ。
「でも、今の若い人はそもそもテレビを見ませんよねえ。テレビを持っていない人もいる」
するとカリスマの顔が曇った。
ドーンと売っていこう
「そうなんですよ。そこは課題ですね。ネットとの共存を真剣に考えています」
シニア記者なんぞに言われなくても、もちろんわかっているのである。テレビがないのではテレビショッピングも成り立たない。その日は、いつか訪れる。
しかし、今現在は絶好調。何せ10食3780円の「鍋焼きうどん」を10万5000セット売りきってしまうショップチャンネルである。
「20周年を迎える今年の11月には、またドーンと記録を更新しますから」
カリスマ井原はあくまで爽やかに言うのであった。
Powered by リゾーム?