「産業観光を通じて、これからは高岡に地域貢献したい」と話す能作克治社長
「産業観光を通じて、これからは高岡に地域貢献したい」と話す能作克治社長

 錫は軟らかく、通常は金属特有の硬さを出すために、ほかの素材を混ぜる。大阪錫器や薩摩錫器も錫合金でできており、「錫100%の食器は世界になかった」。能作社長はそこに革新性があると感じた。通常の鋳物メーカーであれば、素材が軟らかいために、商品が曲がるというのは「金属は硬い」という固定概念に反するため、考えられないことだった。ただ、能作社長はもともとカメラマン。鋳物業界出身ではなく、婿として能作家に入った「よそ者」だった。逆転の発想で、曲がることをPRポイントにした商品が出来上がった。

営業不在でも売り上げ拡大

 錫の食器は人気を集め、順調に売上高を伸ばしているが、実は能作には営業部隊はなく、営業活動をしたことがない。そこには2つの理由がある。1つ目は独自に営業をすることで、これまで取引のあった問屋に迷惑をかけてしまう可能性があることだ。地域の伝統産業を壊さず、成長をしたいという思いがあるため、新しい会社と付き合うときは、必ず「高岡の問屋と付き合いはありますか」と確認をするという。

 2つ目は販路を絞るなど、自社でのブランディングをあえてしないことだ。希少性を高めようと、卸し先を限定する企業は多いが、限定することで自社製品をPRできる場が小さくなってしまう可能性がある。だから、どんな小さなお店でも「能作の商品を取り扱いたい」と言われたら、断らない。そしてどの店に対しても、同じ価格で売る。

 今では取扱店は800軒に増えた。すると思わぬ効果があった。「知ってもらうことが大事だと思って、ブランディングを考えずに取扱店を増やしてきたら、他社に『能作はブランドだよね』といわれるようになった」。取扱店の多さがブランド構築につながった。

 昨年には米ニューヨーク、今春はタイ・バンコクに直営店を開いた。いずれも「いい話が来たし、人的な余裕があった。前向きに進もうと思った」。ここにも来た話は断らない姿勢が表れる。

錫の食器の販売が好調で急成長<br />能作の売上高の推移
錫の食器の販売が好調で急成長
能作の売上高の推移

 能作社長は、伝統産業も、時代に合わせた変化が必要だと指摘する。「いい意味で伝統を壊して変革させないといけない。海外進出はその代表例で、現地の生活スタイルに合わせて、提案する食器を変えないと成功しない」

 製品のデザインだけでなく、製造方法にも変革が求められる。売り上げの増加に伴い、効率的に生産量を増やす仕組みが必要になった能作は、シリコンの型に金属材料を流し込んで成型する技術を開発。これによって、複雑な造形製品でも量産できる体制を整えた。

 ただし、「技術品質は守らねばならない」と能作社長は言い切る。日本人の品質を確認する目は肥えており、その日本の品質を守ってこそ、海外で「メード・イン・ジャパン」として高い付加価値が認められる要因にもなる。

 伝統産業は守るばかりが生き残る道ではない。時に大胆に攻め、自らの殻を打ち壊すことが、能作のように新たな歴史の1ページを作り出すのかもしれない。