1960年代から続く技術協力をてこに、タイや米国などで大規模発電所を展開する。石炭火力の技術を長く磨いてきた。その強みを国内外で生かせるともくろむ。最大の課題は世界的に進む環境対策。石炭火力は脱炭素化に対応できるか。
発電所の運営について話し合うJパワーの久米宏典マネジャー(右)とタイのガス火力発電所KP2のプラントマネジャー、ウィチャイ・バンパー氏(写真=飯山 辰之介)
首都バンコクから幹線道路を北に向かうこと約2時間。その土地の名産である背の低いトウモロコシ畑の間を車で走ると、無骨なプラントが見えてくる。ウタイ火力発電所。日本の電力大手、電源開発(Jパワー)が合弁会社を通じて運営するタイ最大級の発電所だ。
燃料はバンコク近郊のタイランド湾で採掘された天然ガス。発電した電気は国営のタイ電力公社(EGAT)に販売している。「EGATからの信頼は厚い。我々なら彼らの発電要請に細かく応じることができるからだ」。プラントマネジャーのスラチット・サングニカエ氏は誇らしげに語る。
発電所の制御室では最新式タービンの状況を現地スタッフが24時間体制で監視している。その中に日本人はいないが、「トラブルが起きればバンコクからJパワーのエンジニアが駆けつけてくれる」(サングニカエ氏)。
Jパワーがタイで保有する発電所はウタイだけではない。バンコク近郊を中心に16カ所、出力の持ち分合計で約330万キロワットの発電所を稼働させており、タイ全土で消費する電力の約1割を担う。「この国の電力業界でJパワーの名を知らない人はいない」。タイでJパワーが運営するもう一つの発電所、カエンコイ火力発電所のプラントマネジャー、ピタック・サングチョット氏は言う。
国内外で異なる知名度
Jパワーは日本国内では6番目の規模の電力会社だが、知名度は高くない。今年4月まで、東京電力ホールディングスなど地域の電力会社に電力を卸すことが義務付けられており、業界では黒子的な立場にあったからだ。ただ、海外に目を向ければ立場は一変する。他社に先行して海外展開を進めており、既に世界6カ国・地域で発電事業を展開している。
例えば冒頭で紹介したタイ。著しい経済成長で不足する電力を補うため、1990年代から発電市場を一部開放してきた。ただインフラの根幹を担う電力事業を、外資が大規模に手掛けるのは容易ではない。実際、欧米系の電力会社が一時殺到したものの、後にそのほとんどが撤退していったという。発電所の用地選定や取得、住人の説得など、多数の利害関係者との複雑な交渉を外資が単独でやり切るのは難しい。
「カギは信頼できる現地のパートナーと組めるかどうかだ」とJパワーの重堂慶介氏は指摘する。タイに赴任して10年になる重堂氏は現地法人の社長を務める。発電事業は投資回収に何十年もかかる息の長い事業だけに「腰を据え、その国に貢献する覚悟がなければ成功しない」(重堂氏)。
Jパワーが現地で提携するパートナー企業は、国営企業EGATとの関係が深い。EGATが出資する半官半民の発電会社EGCOと2000年初めに提携し、さらに同社が出資する企業と合弁会社を作り、16カ所の発電所を保有、運営するに至った。EGCOやその出資会社にはEGAT出身者も多く集まる。人と資本、双方のつながりを生かして入札などの情報を効率的に集め、さらに立地場所の選定や住民交渉で協力を仰ぐことで事業を拡大していった。
「Jパワーは長い間我々に協力してくれた。今も我が国の電力安定供給に貢献している」。EGATのラタナチャイ・ナームウォン副総裁はこう評する。Jパワーがタイ電力業界に深く入り込むことができた背景には、50年にわたって続けてきたコンサルティング事業があった。
63カ国・地域でコンサル事業、6カ国・地域で発電事業を展開
●Jパワーの海外展開
注:各国の発電出力は持ち分の合計
国策会社として1952年に発足したJパワーの使命は、民間の電力会社では賄いきれない国内電力需要を担い、戦後復興と高度経済成長を支えることだった。基本的にこれ以外の事業を手掛けることは許されなかったが、例外がコンサル事業という名の海外技術協力だった。60年以来、50年間でエンジニアを派遣した国は計63カ国に上り、プロジェクトは350件を超える。
海外で活躍したメンバーの一人が、現在国際事業本部長を務める尾ノ井芳樹・取締役常務執行役員だ。60年代、アンデス山脈に囲まれた南米ペルーの湖で、ダム建設をサポートした経験を持つ。「空気が薄くて難儀はしたが、標高3800mのベースキャンプで見た朝日は今も忘れられない」。その後もコスタリカやラオスなど新興国の僻地を渡り歩き、各国で発電所建設を支えてきた。
民営化でもうけ頭に変身
長らくの間、海外事業の売り上げは小さく、業績への貢献度は大きくなかった。状況が変わったのは2004年から。民営化により国の軛(くびき)が外れ、事業の制限が緩和された。国内の電力需要が伸び悩む中、民間企業として成長分野をどこに定めればいいのか。浮かび上がったのが海外発電事業だった。
「世界中に情報網と人脈を張り巡らしていたから、どこの国で、どんな種類の発電所が求められているのかを、容易に把握できた」(尾ノ井本部長)。これを生かし、タイ、米国、中国、フィリピン、台湾で発電事業を展開。ボランティアに近かった海外事業は収益事業に変わった。タイで大型発電所が相次ぎ稼働したことも貢献し、2017年3月期は海外事業が経常利益の約半分を占めるまで伸びる見通しだ。
海外事業が利益貢献
●Jパワーの連結業績
注:2014年3月期の海外事業利益は5200万円。2017年3月期の海外事業利益は本誌予想
石炭と水力が大部分を占める
●Jパワーの電源構成(万キロワット)
これまで海外では天然ガスを使った発電事業が中心だったが、2020年にはインドネシアで石炭を使った大規模火力発電所が稼働する。タイでも天然ガス資源に限りがあることから、石炭火力の採用が検討されるようになってきた。実は石炭を使った発電はJパワーが最も得意とするところ。「チャンスは広がっている。国内の実績を見てもらいたい」と尾ノ井本部長は意気込む。
実績の一つが神奈川県横浜市にある。出力120万キロワットの磯子火力発電所だ。高温で石炭を燃やすUSC(超々臨界圧)という最新方式を採用。発電熱効率(少ない燃料で効率的に発電できるかを示す指標)は約45%と、100万キロワットを超える大規模石炭火力で世界最高水準の効率を誇る。
大都市圏に立つ磯子火力発電所(横浜市)。汚染物質の排出を抑え、世界最高水準の効率で運営する
屋上に出て煙突を間近に仰いでも、煙を確認することはできない。硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)といった大気汚染物質の排出量も磯子火力は世界最低水準。「発電熱効率の高さと環境対策を目当てに、ここには海外からの視察が引きも切らない」と小谷十創(じゅうぞう)所長は話す。
コスト競争力強みに自由化を乗り切る
●国内の大手電力会社との火力発電コスト比較(2016年3月期)
出所:みずほ証券
日本はもともと、石炭火力の効率や汚染物質対策で世界最高レベルにある。中でもトップクラスなのがJパワーだ。一部には2世代前の効率の悪い石炭火力も残っていたが、昨年にはこれらを全て最新方式のものに建て替えると発表。新設する2つの発電所を加えると、2020年代には同社が持つ石炭火力の約7割(出力ベース)が最新方式のUSCになる。
「石炭火力の高効率化に取り組むことは、当社の存在意義そのものだ」と技術開発を統括する村山均副社長は言う。日本の戦後復興から高度経済成長にかけて、Jパワーは大規模ダムと国内炭を使った火力発電で民間の電力会社を支えた。オイルショックが起きた1970年代以降は燃料価格の安い海外炭を使い、原油高で操業が難しくなった石油火力を補った。今も、石炭火力は同社の主力であり続けている。
最新のUSC方式をもってしても、石炭火力は発電効率でガス火力に劣る。一方、発電コストや燃料の安定調達といった面では石炭火力がガス火力に勝る。天然ガスは中東などに資源が偏っているが、石炭は世界に普遍的に存在するため安定調達が可能だ。資源価格もLNG(液化天然ガス)を常に下回って推移しており、価格変動幅も小さい。足元ではLNG価格が下落しているが、それでも「石炭の燃料としてのコストメリットは失われていない」(みずほ証券の新家法昌シニアアナリスト)。
電力自由化でチャンス到来
石炭火力のコスト競争力は、完全自由化した電力業界を生き抜く武器になる。今年4月の完全自由化で電力会社の経営環境は激変した。これまでJパワーは地域の電力会社への卸が義務付けられていたが、販売先は自由になった。販売価格に対する規制も撤廃され、自由な値付けもできる。新電力や日本卸電力取引所を含め、様々なプレーヤーに対してコスト競争力の高い電力を交渉して売れるようになったのだ。
Jパワーにとって既存の電力会社は依然として大きな取引先であり、長期契約も残っている。ただ、「契約内容の見直しに取り組んでいる」と菅野等・執行役員経営企画部長は明かす。
Jパワーは昨年、2025年度までの中期経営計画を発表した。海外事業の利益を反映するため、EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)に持ち分法投資利益を加味した同社独自の指標「J-POWER EBITDA」を策定。その指標で2014年度に1818億円だった利益を、2025年度には1.5倍の2727億円程度まで拡大する目標を掲げた。
大間原子力発電所の建設や既存火力の建て替え、新設などで投資はかさむが、国内事業の利幅拡大や海外事業の収益を取り込んだキャッシュベースでは利益が伸びるとの読みが野心的な目標の根拠となっている。
国内外で石炭火力を広げようともくろむJパワーにとって、最大の課題は環境対策だ。「石炭火力が脱炭素化の流れに逆らって生き残るのは難しいだろう」。地球環境戦略研究機関(IGES)の浜中裕徳理事長はこう指摘する。
どんなに発電熱効率を高めても、石炭を燃やせば必ず二酸化炭素(CO2)が発生する。電気事業連合会によれば、一般的な石炭火力のCO2排出量は、ガス火力より6割近く多い。Jパワーの排出量は平均より少ないが、それでも3割程度多いのが実情だ。
昨年パリで開かれた第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で、日本は2030年度までに温暖化ガス排出量を2013年度比で26%減らすと宣言した。これを既存石炭火力を稼働させたまま達成するのは難しい。
Jパワーも手をこまぬいているわけではない。今年度末には中国電力と共同し、石炭ガス化複合発電(IGCC)と呼ばれる新方式の実証実験を広島県で始める。石炭を蒸し焼きにして作ったガスでガスタービンを回し、さらに排熱を利用して蒸気タービンを回す「1粒で2度おいしい」発電方式だ。ガス火力では主流になりつつあるが、石炭は固形物をガス化する手間がかかりハードルが高い。これが実現すれば、従来の方式よりもCO2を最大で15%程度、削減できる可能性がある。
IGCCは東京電力などが既に福島県のプラントで実証しており、足元では商用発電所の建設計画も進んでいる。Jパワーは東電とは異なる方式の開発に取り組んだ。既存のIGCCが石炭をガス化する際に空気を吹き込んでいるのに対し、Jパワーは酸素を吹き込む方式の実用化を目指す。「どちらの方式も一長一短がある」(三菱日立パワーシステムズ)が、酸素吹きのメリットはCO2を分離回収しやすい点にある。
脱炭素の動きに抗う
●国の温暖ガスの削減目標とJパワーの対応策
新方式の石炭火力発電を試験する大崎クールジェン(広島県)。CO2を分離回収する実験も計画する
高効率石炭火力の新設、リプレースに大規模投資
▶鹿島パワー(運転開始予定2020年)、山口宇部パワー(同2020年代前半)を新設
▶竹原火力(同2020年)、高砂火力1号機(同2021年)、2号機(同2027年)を建て替え
新しい石炭火力の発電方式を開発
▶中国電力と共同で高効率が望める石炭ガス化複合発電(IGCC)の実証実験を開始
CO2を分離して地中に埋める技術(CCS)の実用化
▶IGCCで実験(2019年を予定)
脱炭素、乗り越えられるか
CO2の分離回収は脱炭素化の最終手段だ。政府は2050年にCO2を現状より8割削減するという、より高い目標も打ち出した。これに対応しようとすれば、石炭であれ、天然ガスであれCO2を出す火力発電は成り立たなくなる。
そこでJパワーが準備しているのがCO2を地中に埋めるCCS(CO2の回収・貯留)技術だ。北海道の苫小牧市で実証実験している日本CCS調査にJパワーも一部出資。広島県の実証プラントでは2019年にもCO2の分離回収実験を始める。最終的には酸素吹きIGCCで回収した高純度のCO2を、苫小牧まで運んで埋める計画だ。
CCSの実現可能性や採算性については厳しい見方もある。それでも脱炭素化に対応できなければ、石炭火力への風当たりはますます厳しくなる。
Jパワーがこうした難題に直面するのは初めてではない。磯子火力発電所の建設計画が持ち上がった1960年代のこと。当時は公害問題が深刻化しており、大都市近隣での火力発電所の建設には懸念の声が多かった。同社は大気汚染物質の排出量を大幅に抑える技術を導入し、日本で初めて公害防止協定を横浜市と締結。以前よりも高い環境規制を順守することを約束した。後に、この協定は全国で石炭火力発電所を建設する際の標準になったという。
脱炭素化も持ち前の技術力で突破することができれば、石炭火力に頼らざるを得ない多くの国から、Jパワーへのラブコールは増えるはずだ。石炭を磨き続けてきた同社の底力が、改めて試されている。
(日経ビジネス2016年10月10日号より転載)
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