オイシックスと大地を守る会が10月に経営統合し、新会社として歩みだす。有機野菜農家とのネットワークを生かしながら、定期購入サービスで顧客ニーズを深掘りする。米アマゾンが本格参入するなど大乱戦が始まる「食品×ネット」業界。先行者は存在感を保てるか。
(日経ビジネス2017年9月11日号より転載)

横浜市に暮らす会社員女性(28)に最近、毎週欠かさない習慣ができた。日曜日になると自宅でノートパソコンを開き、食材宅配サービスのウェブサイトを訪問。翌週末に届けてもらう野菜や乳製品のリストを確認するのだ。
リストはあらかじめ運営者が作ってくれる。欲しい食材があれば追加でき、要らないものは削除も可能だ。女性のお気に入りはレシピと必要な具材がセットで届く料理キット。スーパーには並ばない珍しい野菜を買える点も、家庭菜園が趣味の夫に好評だ。「共働きなので、最近は夫婦の予定を合わせるのが難しい」といい、ネットで日々の買い物が完結する利便性に財布を開く。
このサイトを運営するのが有機野菜の宅配サービス大手、オイシックスドット大地だ。2000年、マッキンゼー・アンド・カンパニー出身の高島宏平社長が設立。11年の原子力発電所事故後に食の安全への関心が高まったことで会員数を伸ばし、ここ数年は冒頭の女性のような時短ニーズも取り込んで成長を続けてきた。17年10月には有機野菜の宅配で先輩格の大地を守る会と経営統合し、事業拡大に乗り出す。もともとの社名は「オイシックス」だったが、認知度を高める狙いから、7月にはいち早く社名に「大地」を加えた。

「農家が自分で口にしている有機野菜こそが、安全で、かつ本当においしい野菜なのではないか」。高島社長は語る。「そんな有機野菜が、限られた消費者だけが食べられるニッチ商品であってはいけない。有機野菜がマスに届く社会を作りたい」。高島社長のそんな思いが、経営統合への推進力となった。
買い物リストは自動作成
オイシックスの最大の特徴は、サブスクリプション(定期購入)型の事業モデルを採用している点にある。
利用者が思い立ったときにサイトを訪れ商品を選ぶのではなく、あらかじめ希望の予算・配送日を指定した定期会員に対し、オイシックス側が毎週、おすすめの買い物リストを提示する。
同じく野菜宅配を手掛ける「らでぃっしゅぼーや」など、似たような定期購入サービスは数多く存在する。だがほとんどは、同じ内容のセット商品を各利用者に一斉配送する形式が基本だ。
オイシックスの場合、提示される商品は会員によって異なる。過去に2週に1度のペースで牛乳を買った履歴がある利用者には、隔週で牛乳が薦められる。入会から間もない利用者には、農家がこだわりをもって生産する特色ある野菜など、品ぞろえの広さを実感してもらいやすい商品が薦められる。
買い物をしていて「選ぶ」という行為を面倒に感じる消費者が増えるなか、最初から自分にあった買い物リストを作ってくれるという利便性がヒット。オイシックスの定期会員は17年3月期までに13万人を超えた。
定期購入サービスは主に雑誌などのコンテンツ産業で普及してきた。欧米では生活雑貨の定期購入サービスが広がっているが、カミソリの替え刃や洗濯用洗剤など、定期的に補充が必要な消耗品を単品で届けるタイプが目立つ。


これに対してオイシックスは日々の食卓に並ぶ食品を幅広く取り扱うため、購入品目が利用者の暮らしぶりをリアルに映し出すという特徴がある。
顧客が毎週購入する品目数は平均で15?20個。商品の組み合わせは利用者の生活スタイルによってバラバラだ。蓄積されるデータから利用者の家族構成や食習慣の様子をつぶさに把握でき、商品のおすすめの精度を高めやすい。「利用者の好みにもよるが、半年ほど継続して利用してもらえれば自分にぴったりあう買い物カートが示されるようになる」。マーケティング技術を担当する西井敏恭執行役員は話す。
一般的にネット通販各社は、キーワードの検索件数や商品ページの表示回数、最終的に購入に至ったかどうかなどの定量データを分析し、ユーザーの属性や商品の好みを類推している。
オイシックスでは「要らない商品をリストから外す」という動作が加わる。利用者がサイトにログインした時点で、すでに買い物カートには会社側が選んだおすすめ品が入っているからだ。
「商品を知らなかったから買わなかったのか、商品の存在は知っているが、能動的に『要らない』と判断して買わなかったのかが区別できる」(西井執行役員)。小売業の基本は仮説を立て、実行し、検証し、改善したうえで再び実行する……というサイクルの繰り返し。「検証」の物差しが多ければ多いほど、売り方の効果を高めるのに都合がよい。
物流スタッフ、真夏でも厚着姿
生鮮食品という商材に早くから着目し、サービスの足腰となるインフラを築いてきた「先行者利益」も強みだ。

8月中旬、神奈川県にあるオイシックスの物流センター。屋内にはコンベヤーが張り巡らされ、会社のロゴが入った段ボールがせわしなく移動して回っていた。これだけなら物流施設としてはありふれた光景。だが決定的に違う点があった。寒いのだ。スタッフは真夏なのに厚着している。生鮮食品を取り扱っているため、冷蔵フロアが常に10度以下に保たれている。
コンベヤー沿いに配置される商品棚の順番も、傷みやすい食材を扱う宅配サービスならではだ。最初にコメや飲料など重くてかさばる商品が置かれ、徐々に紙製パッケージの加工食品、終盤には野菜コーナーと顔ぶれが変わる。スーパーで商品を袋詰めする際、重いものから袋に入れるのと同じ発想だ。
あちらこちらに緩衝材が用意され、卵でも牛乳パックでも破損なく届くよう、念入りに箱詰めされる。これだけのインフラをゼロから取りそろえるのは容易なことではない。三越伊勢丹ホールディングスが、グループのネット通販「エムアイDeli」の物流をオイシックスに委ねているのがその証拠だ。
しかしながら、こうした「足腰」があっても、オイシックスの事業が盤石とはいえない。「食品×ネット」という事業領域が国内外で脚光を浴び、本格参入の動きが相次いでいるからだ。
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