「チキン事件」を契機に客離れが進み、米本社も株式売却を計画するほど、急速に業績が悪化した。だが、悪評を見返すほど急速に業績が回復しつつある。“ママ目線”で安心安全を徹底した成果だという。復活に向けて周到に準備した戦略とは、マクドナルドが本来持つ強さの原点を再構築することだった。
(日経ビジネス2017年8月28日号より転載)
名古屋市にあるマクドナルド一社店。8月4日に実施された子供向け職業体験イベント「マックアドベンチャー」に参加した4歳の女の子が、自分で作ったハンバーガーを勢いよくほおばった。その姿を見守る母親の吉田真由美さんの表情にも笑みが浮かぶ。「ナゲット問題以降、安全性に疑問を持ちマックに来るのを避けていた。でも、もう大丈夫かな」──。
2014年7月、「チキンマックナゲット」を製造していた中国工場が使用期限切れ鶏肉を使用していたことが発覚。それ以降、日本マクドナルドホールディングス(HD)は不振のどん底にあった。翌15年1月には異物混入事件で客離れが加速。同月の既存店売上高は前年比38.6%減、その後も20%台のマイナスが続き、15年12月期は約349億円の最終赤字に転落する。
時同じくして不振に陥っていた米マクドナルド本社は、15年5月に発表した再建計画の中で、日本市場は大きな利益貢献を見込めないとして「基礎的市場」に分類。その後、日本マクドナルドHDの保有株式を売却する方針を打ち出した。
チキン事件から約3年。日本マクドナルドHDの業績は急速に回復しつつある。8月9日の17年1~6月期の決算会見で、サラ・カサノバ社長兼CEO(最高経営責任者)は「上半期としては1店舗当たりの売上高が01年の上場以来、最高になった」と胸を張った。通期の最終利益見通しも従来予想の145億円から200億円へと今年2度目の上方修正をした。達成すれば上場以来の最高益を更新する。
復活への道のりはまず、冒頭の吉田さんのような「母親たちからの信頼回復」から始まった。14~15年、カサノバ社長自ら全ての都道府県を訪れ、母親たちから意見を聞いて回るタウンミーティングを積極的に実施。ウェブサイトなどで情報開示を徹底するなど、安心安全を訴えた。
だが、急速な業績回復は、そんな “ママ目線”だけでは説明が付かない。そこには、マクドナルドが本来持つ、「マーケティング」「フランチャイズチェーン」「ピープルビジネス」という3つの強さを、したたかに再構築する戦略があった。
再構築1 マーケティング “ヘイト”を打ち消す大拡散
「ラブ・オーバー・ヘイト」──。
業績回復を支えたマーケティング戦略は、この一言に尽きる。仕掛け人は、15年10月にマーケティング本部長として外部から招聘された足立光氏だ。顧客からの批判や要望に真摯に向き合うのが、同社の姿勢であることには変わりはない。だが、インターネット上には事実無根の噂や誹謗中傷もあった。それらを消し去ることはできないが、新商品やキャンペーンなどの前向きな話題を大量に世間に広め、それが常に消費者の記憶の片隅に引っかかっているような状態を作り出すことで、ブランドイメージを好転させていった。
足立本部長は、P&Gジャパンやヘンケルジャパンなどの外資系企業でマーケティングや経営再建を手掛けてきた人物。マクドナルドではマーケティング本部長は頻繁に入れ替わり、足立氏は過去10年間で9人目だ。それだけ厳しいポストなのだが、足立本部長は「ミッションは『売り上げを増やす』ことで単純明快だった」と言う。
だが、業績が急降下したため、大掛かりなマーケティングを展開する余力はない。実際、16年12月期の「広告宣伝費および販売促進費」は前年同期比で0.6%減だった。限られた予算で効果的なマーケティングを展開するために、足立本部長が打ち出した戦略の柱は3つある。
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