2015年、動物病院としては国内で初めて株式上場を果たした。獣医師約70人を抱え、かかりつけの病院から紹介された犬や猫を年中無休で治療する。
年中無休の診療体制
平均寿命の延びに伴って犬や猫にも糖尿病などの生活習慣病のリスクが高まっている。高額機器を備え、最先端の医療サービスを提供する。写真は放射線治療を受けている犬
その病院の自動扉が同時に開かない二重構造になっているのは、“患者”を逃がさないためだ。犬・猫専門の動物病院を運営する日本動物高度医療センター。同社は2015年3月、東京証券取引所マザーズへの新規株式公開(IPO)を果たした。一般の病院を運営している上場企業はないため、国内で唯一の「上場病院」といえる。
現在運営するのは、本院(川崎市)と分院(名古屋市)の2施設。2017年以降には東京都足立区と大阪府箕面市にも新規開設の予定だ。株式上場で得た資金と知名度を武器に攻めの経営を展開しようとしている。
2次診療に特化し成長
現在も獣医師として診療に携わる平尾秀博社長(冒頭の写真)は「医療機器の充実やスタッフの技術向上に伴い、開業当初に30万円弱だった退院までにかかる平均費用が36万円に上がっている」と話す。診療・手術の件数の伸びも堅調だ。質と量を追求し、成長路線を描いてきた。4期連続の増収増益を狙う2017年3月期では、売上高は前期比9.9%増の23億円、営業利益は同12.7%増の2億7500万円を見込む。
日本動物高度医療センターは東京農工大学の山根義久名誉教授らが2005年に設立し、2007年に川崎本院を開業した。山根教授の教え子である平尾社長も当時から獣医師のまとめ役として加わっている。目指したのは「高度な医療サービスを提供できる2次診療専門病院」(平尾社長)だった。
全国に1万1000以上あるという1次診療病院との競合は避け、他の病院から紹介された犬や猫のみを受け入れる。強みはMRI(磁気共鳴画像装置)やCT(コンピューター断層撮影装置)など小規模な病院にはない設備を導入している点だ。365日年中無休で、診療時間も午前9時から午後8時までと一般的な動物病院より長い。
会社設立当時も今も、循環器・呼吸器科や腫瘍科、脳神経科、眼科など多数の診療科がある2次診療病院は、同社を除けば全国に16ある獣医学部を抱える大学付属のみ。だが、大学の本分は教育と研究にあるし、週末や年末年始、夏季休業には対応できない。
そのため2次診療のニーズは大きいと考えたものの、開業当初は「いずれ1次診療に乗りだすのでは」という懸念を抱かれ、周辺の動物病院による反対運動が起きたこともある。1次診療病院の大きな収入源である予防接種に手を出さないなど「2次診療に特化する方針を貫いたことで、信頼を獲得できた」(平尾社長)。現在では、提携病院の数は3000を上回っている。
開業のタイミングも良かった。総務省の家計調査によると、会社を設立した2005年には1世帯当たりの動物病院代の年間支出額は4566円だったが、2015年は6322円となっている。
また、ペットフード協会によると、2010年に13.87歳だった犬の平均寿命は2015年に14.85歳に、猫も14.36歳から15.75歳へと延びた。長生きすれば犬や猫でもがんや心臓病、糖尿病といった病気のリスクは高まる。愛犬・愛猫にも高度な医療を受けさせたいという需要も膨らんできた。
獣医師採用が成長の鍵
そんな日本動物高度医療センターにも不安要素が2つある。一つは数%といわれるペット保険の加入率の低さだ。実質的な自由診療である動物の治療費は高額になりがちで、保険に未加入の場合、手術後の入院が長引くと100万円を超えることもある。加入率が上がってこないと潜在顧客は増えない。
もう一つは人材。現状、抱える獣医師の数は非常勤を含めて約70人だ。年中無休の病院を増やすにはさらなる人材確保が欠かせない。獣医師国家試験の合格者数は例年1000人程度で推移している。このうち犬や猫など小動物を希望するのはおよそ半分だ。同社への就職が公務員や研究職など他の進路より魅力的であることを示さなければならない。
そのため、教育には特に力を入れてきた。入社後、2年かけて複数の診療科で診療から手術まで体系的に学べるプログラムを整えている。獣医師の教育機関としてのお墨付きとなる「小動物臨床研修診療施設」の指定を民間では初めて受けている。「近年は若い人たちの間で独立開業を好まない傾向がある」と平尾社長。上場によって採用面にも好影響が出てきた。
少子高齢化が続けば、1兆円超と目される国内のペット関連市場もいずれ縮小を余儀なくされる。同社は海外の富裕層向け事業の可能性を模索したこともあったが、検疫などの面からすぐに実現するのは困難だった。当面は、2次診療という本業周辺で新規ビジネスの種を探していく方針だ。
昨年開発した見守りシステム「クリアボ」を使えば、獣医師は預かっているペットの状態を確認できる
その一環として、昨年11月に動物病院向けの見守りシステム「クリアボ」を発売。スマートフォンやタブレットで動物の動画や心拍・呼吸数などを確認できる仕組みだ。多忙を極める全国の獣医師をIT(情報技術)でサポートしていく。
上場前はペット愛好家など個人株主の比率が高くなると想定したものの、事業の独自性や将来性に着目する機関投資家も多いという。今後も都市部の開業を進める計画を掲げるが、「医療の水準を保っていくことが大前提」(平尾社長)。成長のペースと医療の質のバランスをどう取るかがこれからの課題となりそうだ。
(日経ビジネス2016年8月29日号より転載)
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