都市の再開発や東京五輪に伴う建設需要の増加で、業績は2期連続で最高益を更新した。だが、将来には不安要因も。成長に不可欠な海外事業の拡大には人材が不足しているからだ。意識的に若手社員を海外の現場に送り込み、典型的な内需産業の単一文化を変えようとしている。
日経ビジネス2017年7月17日号より転載
ベトナム初の地下鉄工事を受注。地盤が不安定なため技術力が要求される(写真=宮下 良成)
ベトナム最大の経済都市ホーチミン。空港から街の中心部に向かう道は、市民の足であるバイクであふれかえっている。朝夕のラッシュアワーは激しい渋滞となり、自動車で1kmを移動するのに数十分かかることも珍しくない。
そんな劣悪な交通事情を改善するため、あるプロジェクトが動いている。旧市街を覆う巨大なバリケードの下でベトナム初の地下鉄トンネル工事が始まった。「都市鉄道1号線」は2020年の開通を目指している。街の交通事情を根本から変えるプロジェクトで、最も難工事の区間を任されたのが清水建設だ。受注額は約246億円、前田建設工業とのJV(共同事業体)で工事を担当する。成長するベトナム市場にくさびを打つ最重要案件だ。
5月26日、地下トンネルを掘り進めるシールドマシンの発進式が開かれた。建設予定のバーソン駅の真上で、ベトナム国旗と同じ赤と黄色の民族衣装に身を包んだ男性たちによる太鼓の演奏から式典は始まった。挨拶に立ったグエン・タン・フォン市長(人民委員会委員長)は「公共交通の近代化において、特別な意義を持つ節目となる。無事故で、品質の高いインフラが完成することを期待している」と述べた。
もっとも、この地下鉄プロジェクト、そう簡単なものではない。サイゴン川に沿って形成されたホーチミンの市街地は、もともと湿地帯で地盤が不安定。地下鉄が通る上には、100年以上前に建てられたオペラハウスなどの歴史的建造物が並ぶ。トンネル掘削の過程で、地盤のバランスを少しでも崩してしまうと、地上の建物が傾きかねない。施工管理には細心の注意が必要となる。
ベトナムは年率5~7%のGDP(国内総生産)成長率が続く。中間層の拡大も著しく、インフラ整備が急ピッチで進む。難易度の高い案件を成功に導けば次なる受注につながる。清水建設からはえりすぐりのベテラン社員がベトナムに送り込まれていると思いきや、現場事務所には入社してまだ2年目という竹内章人さん(27)の姿があった。
トンネルを掘削するシールドマシンの発進式にはホーチミン市長(右から4人目)らが出席(写真=宮下 良成)
入社1年目からベトナム赴任
大学の先輩が清水建設の海外現場で活躍していたという竹内さん。会社として海外案件に積極的に取り組んでいると教えてもらったことがきっかけで16年に入社した。学生時代に留学経験もあり将来は海外で勤務したいと考えていたが、1年目からベトナムで働くことになるとは思いもよらなかった。
国内での現場経験をほとんど積まずにベトナムに来て早速、異国ならではの洗礼が待っていた。まず担当したのはトンネルの基礎杭の品質管理。日本なら発注時に求めた規格通りの杭が届くのが当たり前だが、現地ではそうはいかない。長さが違う杭が準備されていることもしばしば。品質や工期に影響を与えないよう対応に追われた。
2年目は地下鉄駅舎の骨組みの建設を担当している。「最初は専門用語も全く分からなかった。現場を見ながら常にどのような工程管理が最適かを意識している。将来は海外で現場監督が務められるようになりたい」と話す。
かつての清水建設では、海外勤務は、若くても30代の中堅社員からというのが常だった。だが、海外展開を広げていかねばならない時代、これでは対応しきれない。井上和幸社長は「最重要課題は世界で現場を管理できる人材の育成だ」と社内にも指示を飛ばす。
そこで意識的に若手社員に海外経験を積ませている。入社10年目までの社員のうち、海外の現場で働いた経験がある者を3割にするという社内目標が11年度に設定された。これまでに130人を超える若手社員が海外の現場に送り込まれたが、竹内さんのように海外の重要プロジェクトに入社1年目から配属となる事例も出始めた。
若手の海外配属はすんなり受け入れられたわけではない。「特に海外の現場から反対された」と、海外事業を担当する北直紀・常務執行役員国際支店長は打ち明ける。限られた人材で現場を回す海外からすれば、「配属するのは日本で教育してからにしてほしい」というわけだ。こうした意見もあったが、「育ててもらってから使うという甘い考えは捨てろ」(北常務)と実行に移した。
同じホーチミン市内で橋も建設中。受注額207億円の大型プロジェクトだ(写真=宮下 良成)
現地採用の人材を日本で育成
海外の現場を管理する人材は必ずしも日本人である必要はない。現地採用した社員の育成にも注力する。海外事業拡大には優秀な現地の人材は欠かせないが、ただ採用するだけでなく「清水建設のDNA」をどう植え付けるかが課題。そこで力を入れているのが現地採用の人材を日本に長期滞在させ、日本の社員と働きながら、清水建設のノウハウを学んでもらう取り組みだ。
マレーシアで工事現場の地質調査スタッフとして採用されたアドザム・アズマンさん(30)は現在、東京本社の土木技術本部で働いている。清水建設流の仕事の進め方や最新技術を学ぶ毎日だ。アズマンさんは「学んだ技術を、母国のようなインフラが未整備な国へ持っていきたい」と語る。10月には総合職への昇格面接を控える。将来は世界各国のプロジェクトで活躍してもらう予定だ。
この研修の目的は外国人社員に清水建設のやり方を教えるだけではない。もう一つの狙いは「国内を国際化することだ」と北常務は説明する。日本人だけのモノカルチャーの職場に外国人を加え、複数の国籍が交ざった環境での仕事のやり方を学ばせる。「海外の取引先はもちろんだが、国内の顧客企業もグローバル展開しているのだから、日本の社員でも海外を向く姿勢がないといけない」(北常務)
売上高はバブル期の1990年代には及ばないものの、2017年3月期の連結純利益は989億円と2期連続で最高益を更新した清水建設。東京都心部の再開発、20年に控えた東京五輪・パラリンピックに向けた建設需要など、日本国内の建設市場は、最盛期を迎えている。好業績に沸く中、海外人材の育成を急ぐのは、人口減などで国内需要のピークアウトが見込まれるからだ。国内建設が中核事業であることは変わらないものの、新たな成長領域を拡大していかねばならない。不動産の投資開発事業や電力小売りなどのエネルギーマネジメント事業と並んで海外での建設事業を成長の柱にしていく考えだ。
むろんこれまでも海外は強化してきたが、17年3月期の海外売上高比率は6%にとどまる。国内のライバルである鹿島の22%、大林組の24%などと比較しても低いのが実態だ。国内のオフィスビル建設を強みとしてきたが、海外での出遅れを取り戻すことが喫緊の課題になっている。
アジア開発銀行(ADB)の報告書によると、30年までにアジアでは年間1兆5000億ドルものインフラ整備需要があるといわれている。清水建設もアジア市場を中心に受注を獲得し、海外の建設事業に占めるインフラの比率を「直近の15%から5年で25%程度にまで引き上げたい」(井上社長)考えだ。
中韓に押される日本のゼネコン
しかし、事業拡大はそう簡単な話ではない。中国・韓国勢が勢力を伸ばしている。日本のゼネコンは品質の高さを売り物にしてきたが、今やアジアで獲得できる大型プロジェクトは、日本政府によるODA(政府開発援助)の案件が中心だ。それ以外の主要案件はコスト競争力を武器にする中韓勢がさらっていく。それが実態だ。
世界の建設会社ランキングからも競争の激化は明らか。04年の売上高で世界の上位10社に入っていた日本の大手4社は、15年に軒並みランクを落とした。日本勢トップは15位の大林組で清水建設は21位。このままでは台頭する中韓の建設会社にアジアの受注を奪われる。現状を覆すには、国内で培った建築ノウハウを土台にしつつも、海外でプロジェクトを管理できる人材を充実させ、競争力を高めることが欠かせない。
清水建設で20代の若手を海外に送り込むようになってはっきりしたことは「海外を経験した若手は明らかに成長が速い」(北常務)ことだ。海外は国内に比べ大規模プロジェクトが多い。若手社員の下にも現地の作業員がつくことから、部下を管理したり指導したりする経験を積める。
内需企業の代表格だった建設業界にもはや過去の成功体験は通用しない。世界で戦える人材を創る。そして、ODA以外の案件が任される真のグローバル企業へと脱皮するには、若手の力が必要になっている。
この10年で中韓勢が台頭
●世界の建設会社の売上高ランキング
注:11位以下は主に中国、韓国の企業を抜粋 出所:みずほ銀行産業調査部資料より作成
(浅松 和海)
井上和幸社長に聞く
M&Aに頼らず、自力で海外を伸ばす
2期連続で最高益を更新できたのは、首都圏の再開発や東京五輪に向けたインフラ整備など好条件がそろったことが大きい。今年度は後半から労務費や資材価格が上昇することから減益を予想しているが、2025年くらいまでは品川や虎ノ門など都心部での大型再開発が引き続き高水準で推移するため、比較的好調な業績を維持できると考えている。
ただ、長期的に見るとやはり人口が減っていく国内は大きな成長が見込みづらい。需要が伸びないことに加え、構造的な人手不足への対処も必要になる。そんな中、海外で活躍できる人材を育てるのは簡単なことではない。それでも世界がますますボーダーレスになる時代に、弱気なことを言っていても始まらない。日本の支店で働くのも、ベトナムの営業所で働くのも同じ。社員にはそういう感覚になってもらう必要がある。
新卒採用で入った日本人の社員には早い段階で海外の現場を経験させて、広い視野を持たせるようにしている。海外の現地スタッフについては、優秀な方は総合職として採用するよう門戸を広げている。日本の本社などで働いてもらい、清水建設のノウハウを身につけてもらう取り組みにも力を入れている。
海外事業の広げ方としてM&A(合併・買収)も考えられるが、我々は地道に自分たちでこつこつ積み上げていくつもりだ。急成長はできないかもしれないが、確実にエリアと量を広げていく。単純に事業規模を拡大するためのM&Aは、うまくいかないと思っている。
成長のために海外不動産の投資開発事業にも力を入れたい。バブル期に失敗し、損失を出した経験があるが、当時は資金だけ出して事業をコントロールできなかったのが原因。プロジェクトの企画から設計、施工、運営まで一貫してかかわり、顧客のニーズをくみ取っていくことで収益源に育てていく。
建設業の課題である人材の確保については、働き方改革への取り組みを強化するとともにロボットを積極的に活用していく。人手不足という現実があっても、お客様に「工期を延ばしてください」とお願いするだけでは誰も協力してくれない。ロボットの活用が進めば相当な生産性向上につながると信じている。人手が足りない状況をチャンスに変えていきたい。(談)
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