プリント基板を使わず紙やフィルム上に電子回路を形成する「プリンテッドエレクトロニクス」。電気を通す特種なインクを開発し、家庭用プリンターでも回路が印刷できるようになった。

薄い紙が光ったり、熱を帯びたり、音が出たりする。その紙を立体的に組み立てれば、照明器具やヒーター、そしてアート作品へと姿を変える。ただ、紙を裏返しても電子部品を配線でつないだプリント基板は見当たらない。あるのは電子回路が描かれた“絵”だけだ。
インクジェット印刷で、紙やフィルム、布などの薄い素材に直接回路を描く「プリンテッドエレクトロニクス(印刷回路形成技術)」が世界的に注目を集めている。あらゆるモノがインターネットでつながるIoT時代が到来すれば、どんなモノにも電子回路を形成できるプリンテッドエレクトロニクスが基盤技術の一つになると期待されているからだ。
100種の紙で回路を試作

そんな次世代技術の開発で注目を集めているのが、東京大学発ベンチャーのAgIC(エージック)だ。既に電気を通す「銀ナノインク」を使った印刷技術を実用化しており、現在は用途開発に力を注いでいる。銀ナノインクは家庭用のプリンターでも使え、誰でも簡単に電子回路を印刷できる。
「紙の組成を変えたら面白いかもしれない」「今度はプラスチックに近い紙で試してみましょう」
エージック共同創業者の杉本雅明取締役は毎週のように高級紙の専門商社、竹尾(東京都千代田区)を訪れる。これまでに100種類以上の紙を使って回路を試し刷りしてきた。「デザインと技術の融合」をコンセプトに、様々な商品づくりに取り組んでいる。
「エンジニアはインクが染み込まない安定した紙を求めがち。ただ、インクが染み込む紙を使えば、もしかしたら想像を超えた面白い商品が生まれるかもしれない。回路と紙、互いの技術を単に足し合わせるのではなく、掛け算になるようなモノ作りに挑んでいる」。杉本取締役は2014年にスタートした竹尾との共同事業の意義をこう語る。
竹尾側にもエージックと組むメリットは小さくない。紙の需要減と単価下落に直面している中、「プリンテッドエレクトロニクスを活用すれば、紙の新たな魅力を作り出すことができる」(竹尾の青柳晃一・企画部長)と考えているからだ。両社は7月22日から約1カ月間、東京都内で「光れ!紙展」を開催。そこで2年間に及ぶ共同事業の成果を世に示す。
エージックの創業は2014年1月。その半年前、マッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルタントをしていた清水信哉社長は米国で、学生時代からの知り合いだった東京大学の川原圭博准教授と再会。論文で発表したばかりの通電性インクに関する説明を聞いた。
「これまでのエレクトロニクスは技術を詰め込んでいかに小型化するかに腐心してきたが、これからは違う。機能に応じて分散化していくだろう」
通電性インクで作った印刷回路を使えば、壁や天井、道路といったあらゆる場所に埋め込める低価格のセンサーを量産できる。プリンテッドエレクトロニクスに高い将来性があると判断した清水社長はその場で川原准教授に事業化を提案。すぐにマッキンゼーを辞め、起業の準備に取りかかった。
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