「生産性」の考え方を持ち込む

 小売業界で際立つ西松屋の個性を生み出している大村社長は、創業者の娘と結婚した縁で、1985年に山陽特殊製鋼から同社に転じた。まもなく、90年代前半のバブル崩壊とともに、日本経済が長い冬の時代に入る。

 鉄鋼業界から小売業界へ転じてきた時、大村社長が痛感したのは、「現場の生産性を高めるという考え方が、経営者や現場になかったこと」だという。

 当時は今よりも比較的、人件費が安い時代。量販店といえば店員を多く配置して人海戦術で売り上げを増やす戦略が主流だった。

 「経済成長が続けば、必ず人件費は上がる。そうなっても生き残れる戦略が必要だ」。90年に専務となった大村氏は、平凡な地方小売業にすぎなかった西松屋の改革を始めた。店舗面積は200坪(約660m2、現在の基準は300坪)にそろえ、家族連れが店内で動きやすいようワゴン陳列を撤廃して通路を拡張。什器や内装もすべて統一した構成にすることで、低コストでの大量出店を可能にした。

店舗の標準面積は300坪(約990m2)。小売業につきもののワゴンがなく、子供連れでも買い物しやすい(写真=竹井 俊晴)
店舗の標準面積は300坪(約990m2)。小売業につきもののワゴンがなく、子供連れでも買い物しやすい(写真=竹井 俊晴)

 90年代後半から消費者の節約志向が強まるにつれ、人海戦術による高コストから抜け出せなかったGMS(総合スーパー)などから顧客を奪い、急成長した。ユニクロを展開するファーストリテイリングや、しまむらなどと並んで低価格販売を強みとする「デフレ時代の勝ち組」と称された。

 かつて独立系のベビー・子供用品大手だった「赤ちゃん本舗」(大阪市)は高コスト体質に苦しみ、2007年にセブン&アイ・ホールディングスの傘下に入った。一方、西松屋は業界最大手として成長を続け、店舗数はこの20年間でおよそ20倍に増えた。現在はしまむらが展開するベビー・子供用品専門店「バースデイ」などと競合している。

国内市場だけで成長できる

 西松屋が取り扱うベビー・子供用品の市場規模は、2兆円程度とされる。少子化が加速する中で、西松屋がこれまで通りの成長を続けられるのか疑問視する声は少なくない。

 しかし、大村社長はまだ成長の余地があると見る。足元で加速しているのは、売り場を維持できなくなったGMSの跡地や、他の小売りチェーンが市場と見なさないような地方への出店だ。

 立地など条件にもよるが、西松屋は居抜き物件なら1000万円以下の投資で新規出店できる。店長に複数店舗を受け持たせ、1日当たり2~3人のパート・アルバイトを確保すれば運営できるため、他の小売りチェーンが店舗を維持できないような条件でも利益を確保できる。

 例えば現在、西松屋は高知市内に3店舗を構えているが、実はこれらの店の売上高は年2億~3億円規模になっており、西松屋の1店舗当たりの平均売上高である約1億5000万円を大きく上回っている。各店舗の労働負担を下げるため、同市内で新たな出店を検討しているほどだ。

 人口動態によって変化する商圏人口に応じ、退店が容易にできることも西松屋の強みだ。ベビー・子供用品チェーンとして異例の店舗数を持つため、閉めた店の在庫は近隣の店ですぐに吸収することでロスが生じにくい。今年度は約60店を新規に出し、代わりに10店程度を閉める計画だ。こうした新陳代謝を繰り返すことで、成長の道筋を確保する。

 もちろん、「西松屋」一本やりからの脱却を目指して、試行錯誤したこともある。新業態である雑貨店の試験運営や、初の海外進出だった韓国出店などにも取り組んできたが、いずれもすでに撤退している。

 しかし、それは一方で、縮小が不可避の国内市場で特定の事業に集中したとしても、たゆまぬ改善を積み重ねれば十分に成長可能なことを示している。

 焦って海外進出を図り、M&A(合併・買収)に踏み切って失敗に終わる企業は後を絶たない。自社の強みを磨き続ければ、机上で考えた夢物語のような成長プランは必要ない。西松屋はそんなメッセージを日本の産業界に投げかけている。

(杉原 淳一)

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