高齢者や企業の間で利用が広がるミライスピーカー。手掛けるのが音響機器製造、販売のサウンドファン(東京都台東区)だ。

 同社は難聴者の患者団体や高齢者施設の協力を得て、約350人に対し効果測定を実施した。ミライスピーカーで流した言葉を当ててもらう試験では、8割が通常のスピーカーよりも聞きやすくなったと回答し、正答率は平均で3割上がった。内耳の病気である「メニエール病」、片耳が急に聞こえなくなる「突発性難聴」など難聴患者にも効果がみられたという。

 佐藤和則社長は、ミライスピーカーの原理を説明するため、アクリル製の下敷きとオルゴールをカバンの中に潜ませている。冒頭の写真のように下敷きをぐにゃりと曲げ、オルゴールに近づけると──。「ね、これだけで音が変わるでしょう」と佐藤社長。音量は上がっていないのに、音が大きくクリアに聞こえる。この“曲げた下敷き”がミライスピーカーの音の秘密だ。

 スピーカー内部で音波を発する「振動板」は、通常のスピーカーではすり鉢状になっている。振動することで進行方向と平行に揺れる「縦波」を作り、音が伝わっていく。ミライスピーカーの振動板は、曲げた下敷きのように弓なりの形状で、「音波は進行方向に対して垂直に揺れる『横波』と似た特性になる」(佐藤社長)という。

 「線路に耳を当てると遠くの電車の音が聞こえる」というのは広く知られた話だが、この際に線路中を走っているのが横波だ。通常、横波は固体を伝わるものとされており、同様の効果が空気中で得られる原理はまだ不明だ。

 しかし、佐藤社長は音波に関する興味深い文献を見付けた。線路のカーブ周辺で、電車の騒音に対する訴えが特定の方向に集中するという調査結果だ。「固体の曲面を走る音波は、何らかの形で空気中に飛び出すのでは」と佐藤社長は推測する。

 現在、産業技術総合研究所がサウンドファンから委託を受け、原理の解明を進めている。ミライスピーカーの効果測定をより厳密な条件下で実施するほか、発生した音波の物理特性を調べている。細胞・生体医工学研究グループの中川誠司グループ長は「ミライスピーカーが広く受け入れられるためにも、メカニズムの解明が必要だ」と話す。

 佐藤社長はもともとパソコンメーカーで営業職として勤務。3年前、音楽療法の専門家から「高齢者は蓄音機の音が聞きやすい」と聞いたことが起業のきっかけになった。

蓄音機が開発のヒントに

 蓄音機の金属管の曲面に秘密があるとにらみ、試作機を作ってみると、84歳の父親が「補聴器がいらなくなった」と効果を実感。製品化を目指し、音響機器メーカーの元技術者らと2013年にサウンドファンを設立した。

 2014年には国内で構造特許を取得し、高齢者施設などへ試験販売を開始。2015年秋からインターネットを通じて1台15万円で一般販売を始めた。今年4月には三菱東京UFJ銀行主催のビジネスコンテストでソーシャルビジネス部門の最優秀企業賞を獲得。資金調達にも弾みがつき「大量生産のめどがついた」(佐藤社長)。

 7月に発売する新型の量産品では価格を下げる一方、健常者向けの機能も拡充する。一部の健常者から「音質が悪い」と不満の声が上がったためだ。スピーカー背面にすり鉢型の振動板を設置し、弓なり型の振動板との合成音にすることで音質を向上させるという。

 金融関連機器の販売会社やハウスメーカーとの販売代理店契約も相次いで成立。2016年4~9月の販売台数は約500台となる見込みで、過去1年分の実績を上回る勢いだ。現在、約130カ国で国際特許を申請中で、来年以降に海外販売も始める。

 小さな発見がスピーカーの常識を覆すイノベーションとなるか。「2020年の東京オリンピック・パラリンピックでの標準採用を目指す」と佐藤社長の鼻息は荒い。

(日経ビジネス2016年5月16日号より転載)

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