業界の常識を破って成長

 それでもニチガスの知名度は東京ガスに比べて圧倒的に低く、規模もアリと象ほどの差がある。ニチガスの顧客数はLPガスと都市ガスの合計で120万件程度(2017年3月末)と東京ガスの1153万件(同)の10分の1程度にすぎず、売り上げ規模も1割に満たない。勝ち目はあるのか。

 無謀に思える戦いでも、新井部長の自信は揺るがない。「自分たちはLPガス業界で競争を勝ち抜いてきた。都市ガスの相手はガリバーだが、その経験があるので必ず乗り越えられる」

 4月に自由化したばかりの都市ガスと異なり、LPガスは早くから自由競争が認められた分野。全国に約2万社もの業者がひしめき合い、しかもその需要は1990年代半ばから縮小している。こうした厳しい環境下でも、ニチガスは成長を続けたからだ。過去10年で見ると営業利益は2.4倍に、顧客数は1.6倍に増加している。

 旧来の業界慣習をいくつも破りながら、成長をけん引してきたのがニチガスの和田眞治社長だ。

 90年代に新設住宅着工の伸びが見込めなくなると「無償配管」と呼ばれる慣行から手を引いた。顧客を紹介してもらう代わりに、工務店や不動産会社に対し無償でガス設備の設置工事を提供する。そのコストは顧客に転嫁され、ガス料金として長期にわたって回収される。和田社長はこれをやめ、ガス料金を引き下げることを重視した。

 LPガス市場の伸びが見込めない以上、ニチガスが成長するにはガス価格を下げて他社から顧客を奪い取るしかない。「それにはコスト構造を徹底的に見直すしかなかった」(和田社長)。そこで業務のシステム化に着手し、2000年代半ばにはいち早く自前でサーバーなどを保有しない「クラウドシステム」を導入。ガス事業に関連する大半の業務をクラウドに集約していった。

 成果はLPガスの販売価格と業績の両面に表れている。同社の家庭用LPガスの平均価格は全国平均より2割以上安い。それでも営業利益は17年3月期まで6期連続で過去最高を更新した。

6期連続で営業最高益を更新
●ニチガスの連結業績

 一般的なガス会社では顧客が増えると、その分だけ管理に手間がかかり、販売費・一般管理費(販管費)が増加していく。一方、ニチガスは足元でこそ顧客獲得を強化するために販管費の比率が高まっているものの、15年前後までは顧客数の伸びと反比例するように売上高販管費率が低下していた。自前の設備を持たないクラウドシステムでは、顧客数が増えても人手を増やしたり、余計な作業をしたりする必要がないばかりか、追加の設備投資も不要だからだ。このように低価格を実現しながら、利益も確保するビジネスモデルがニチガス最大の強みとなっている。

経営効率化を武器に顧客数が増加
●顧客件数と売上高販売管理費率の推移

 11年には外資系資本の受け入れにも踏み切った。米金融大手のJPモルガン・チェース系のファンドから出資を受け、約100億円を調達したのだ。国内のエネルギー会社は外資の導入を嫌う傾向があるが、和田社長はためらわなかった。「旧来の発想で成長するのはもう限界だ」と見ていたからだ。

 同年、ニチガスは自由化で先行する北米市場で電力の小売事業に進出している。将来の国内自由化に備えるためだ。「新しいことをやるには、海外で勉強し、鍛えるしかなかった」(和田社長)。北米事業は赤字が続いたが、16年12月期に初の最終黒字を確保。「勉強代」を回収するめどを付けた。

 一方の国内。ファンドからは徹底的な効率化と規模の拡大を求められた。業務の効率化は進み、顧客数も年間5万件ペースで増加。それでもファンドも和田社長も満足しない。和田社長は「年間11万~12万件の顧客獲得を目標にする」と伝えていたからだ。

 これを達成するには企業買収など非連続な打ち手が必要だが、業界で異端視されるニチガスの軍門に下ろうとする同業者はなかなか現れない。人口が密集し、成長を続ける東京エリアは垂涎の市場だが、そこには地域独占の壁があり、東京ガスが市場を握っている。