2015年3月、分刻みのスケジュールをこじ開け、永野社長は英ロンドン行きの飛行機に飛び乗った。1泊3日の強行日程でも、自ら出向かなければいけない理由があったからだ。

「HCCの首脳陣が会いたいと言っています」。海外部門を担当する藤井邦彦専務がそう報告を上げてきたのは2月のことだ。

 東京海上は常時、数十社の海外保険会社を買収候補としてリストアップし、毎月のように検討を繰り返している。HCCという日本ではあまり知られていない会社に永野社長がここまで反応したのは、「常にリストの最上位にいたが、業績が良いだけにまず市場に出てこないと思っていた相手」(永野社長)だったからだ。

 世界の保険業界でM&Aは日常茶飯事。交渉しようとした矢先、目の前で他社にさらわれるケースも少なくない。ライバルに悟られないため、交渉役は永野社長や藤井専務などごく限られた幹部だけに絞り込んだ。保険関係者の多いロンドンで訪英が噂になるのを避けるため、永野社長らはHCCの現地拠点にすら立ち寄らなかった。

 市内のホテルで始まった両社のトップ会談は、ホテル内のレストランに場所を移しながら深夜まで続いた。「一緒に組めば、あんなことやこんなこともできる、と話が盛り上がって止まらなかった」。永野社長は会談の手応えをそう振り返る。「また、すぐにお会いできるといいですね」。別れ際、握手をしながらどちらともなく交わした挨拶は、その後すぐに現実のものとなった。

 6月、東京海上はHCCを傘下に収めると発表。折しも円安が鮮明となっていた時期だけに、「高値づかみではないか」との指摘もあった。それでも「為替相場を気にして交渉しているわけではない」と永野社長が強気の姿勢を崩さなかったのは、海外事業こそが成長ドライバーだというぶれない信念があるからだ。

「高値づかみ」批判は気にせず

 もっとも、そう言い切れるようになるまでには一定の授業料も払っている。東京海上が初めて大きな海外M&Aを手掛けたのは1980年。米国のヒューストン・ジェネラル保険グループを約120億円で買収した。

 ところが現地経営陣をコントロールするノウハウがなく、代理店などの販売網も含めて任せきりにしていた。その結果、シナジーを生み出すどころか、傾き始めた業績を最後まで立て直すことができないまま98年に売却に至った。

 「任せる経営」は聞こえは良い。しかし買収会社をグリップできていないことの裏返しでもある。そこで世界の保険市場に自らの身をさらし、経験とノウハウを積むことにした。最終目標は世界最大の米国市場や英ロイズ保険市場で活躍する保険会社を買収すること。海外戦略は大きく変わった。