ネットワーク機器でも顧客ニーズに応える。例えば、ヤマハは中小企業向けルーターで高いシェアを持つ。実際、業務ネットワークで導入されているルーターとしては、米シスコシステムズを差し置いて業界トップを誇る。

 ヤマハのルーターを購入する企業は電話会議システムを併せて導入するケースが多い。そうした企業のニーズに応えるため、2014年に電話会議システムを提供する米レボラブズを買収。顧客が必要で自社製品とシナジーが見込めるなら、その技術を外部から買収することもいとわない。

 防音や調音の設備も、今やライブハウスやスタジオだけのものではない。ヤマハの防音設備と楽器をコミュニティースペースに設置した神戸市の賃貸マンション(84戸)は、20~30代の音楽好きの男女に人気を博し、2015年秋にオープン以来満室。シェアハウスの増加や昨今の保育園の“騒音問題”など、人々の住環境の変化からさらに新たな需要も掘り起こせるはずだ。

注目するのはアップルとシマノ

 ヤマハには、まだ生かしきれていない資産もある。1954年から60年以上続けている「ヤマハ音楽教室」だ。ヤマハ音楽教室は、第4代社長の川上源一氏が創設したもの。当時、川上氏は欧米への視察で音楽が人々の暮らしに浸透していることを実感した。日本で楽器をいくら売っても、楽しみ方も知ってもらえなければ意味がない──。川上氏は帰国後すぐに音楽教室の創設を決めた。

 「楽器は売り込まない」「演奏家になるためのテクニックは教えない」「年齢に合った教育」「音楽を通じた自己表現の実現」などの方針は当時のままだ。楽器を弾く以前に、相手とのコミュニケーションや礼節に至るまで、音楽を通じて一人の人間の成長を最大化するところに重きが置かれている。

 現在では世界40カ国以上、約50万人がヤマハの音楽教室で学んでいる。音楽教室の卒業生は既に500万人以上もいる。ジャズピアニストの上原ひろみなど著名音楽家を輩出するだけでなく、書道家の武田双雲といった芸術家、スポーツ選手や医療業界にも多くの卒業生が存在しているという。

 音楽教室事業の単体での売り上げは400億円程度。数字としては決して大きいとは言えない。一方、自社製品を売り込むことを目的とせず、60年以上にわたり「本業」として音楽教室を運営し、世界で音楽文化を育んできた功績は小さくない。こうした歴史と実績を正しく基幹事業に生かすことができれば、伸びしろは小さくないはずだ。

「最後にはヤマハを買いたい、と思ってもらえるプレミアムブランドになる」と語る中田社長
(写真=廣瀬 貴礼)

 例えば、最近の研究では、子供のみならず人の健康に音が大きく影響していることが分かってきた。音を核にした技術やノウハウを数多く持つヤマハには、それだけ事業領域を大きく広げるチェンスがあると言える。

 中田社長は、注目している企業として、米アップルと自転車部品のシマノを挙げる。アップルとシマノは業種は違えど「このブランドでなくてはダメ」という価値観を利用者に植え付けることに成功しているからだ。

 そのシマノは、売上高が3786億円とヤマハより小さいにもかかわらず時価総額は1兆5000億円を超える。対するヤマハの時価総額は約6000億円にとどまる。「時価総額は結果にすぎないが、将来への期待値の証し。1兆円は大きな目標だ」と中田社長は意気込む。実現には「楽器のヤマハ」という範疇を乗り越え、「音のヤマハ」として存在感を高めることが欠かせない。

(日経ビジネス2016年5月23日号より転載)