1980年代半ば、アームはそのエイコーンのMPU開発部門として誕生した。だが、パソコン市場を米IBMやアップルが押さえる中で、エイコーンの経営は傾いていた。MPU開発にかける資金も人材もない以上、できるだけ簡潔な仕様で作るしかない。この状況が、今も連綿と続く、シンプルで消費電力が少ないMPU開発というDNAを生み出したという。

 そしてここに着目したのが、携帯型情報端末を開発するために低消費電力のMPUを求めていたアップルだった。90年、エイコーン、半導体メーカーのVLSIテクノロジー、アップルの共同出資を受けてアームは独立した。創業の地となった馬小屋はケンブリッジ郊外に今も残っている。

 ブラウン社長は「我々はケンブリッジにいて、半導体ビジネスのノウハウが少なかった。だからこそ、(斬新な)ビジネスモデルを生み出すことができた。もしも米国のシリコンバレーにいたら、普通のファブレス企業になっていただろう」と創業時を振り返る。

 だが、独立後からすぐにビジネスモデルがうまく機能したわけではなかった。アップルの情報端末などでアームMPUが採用されたが、ヒットに至らない時期が続いた。

 転機は携帯電話のデジタル化によって訪れた。97年にアームMPUをフィンランドのノキアが携帯電話に採用し、ヒット製品となったのだ。「ライセンス収入に加えてロイヤルティーが得られるようになり、ビジネスの可能性が広がった」(ブラウン社長)。

 そして、今や携帯電話から家電のみならず、自動車までもがインターネットにつながる時代になった。デジタル処理を必要とする機器は増え続け、そこには必ず半導体が入る。「アームMPUを使う機器同士ならソフト連携がスムーズ。スマートフォン市場を押さえたアームMPUの普及はさらに加速する」と携帯機器向け事業を統括するローレンス・ブライアント ディレクターは説明する。

メーカーとの共生で自己増殖

スマートフォン効果で急成長
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 2010年に約61億個だったアームMPUを搭載したSoC出荷量は、今後さらに増える。1社では到底生産できず、多くの企業で分散しなければビジネスが回らない。それは自然に「アーム経済圏」とでも言うべき、IT業界の一大ネットワークに発展していく。

 しかもアームの成功は、同じ経済圏にいる半導体メーカーのビジネスにも大きな影響を及ぼしている。

 パソコン向け画像処理半導体の米エヌビディアは、今やスマートフォンやタブレット、車載用情報端末向け半導体も手がけるようになった。ウィンドウズ8のアーム対応を機にパソコン用MPUにも参入する。通信用半導体を主力としていた米クアルコムも、同様にパソコン市場進出を目指す。

 国内勢にとっては、アームの台頭は世界に出ていくチャンス。パナソニック セミコンダクター社の岡本吉史システムLSIビジネスユニット長は、「テレビ向けの高性能SoCをアームMPUで開発すると発表した途端、海外企業の引き合いが増えた」と打ち明ける。

 真核生物の細胞にあるミトコンドリアは、かつては単独の生物だったという。それがいつしか細胞に取り込まれ、ミトコンドリアと細胞が互いに相手を必要とする共生関係が成立した。半導体メーカーのSoCに入り込み、お互いに依存しながら変異し、増殖していくという点で、アームもそれに似ている。しかも、その経済圏の拡大可能性は、まだ底が見えない。