買収より社内リソース活用優先

 エプソンはこれまでも、ペーパーラボのような世の中を驚かせる商品を送り出してきた。

 先駆けとなったのが、1968年に発売した世界初の小型軽量デジタルプリンター「EP-101」。その小ささと壊れにくさが評価され、世界で144万台を売り上げた。EPは「Electric Printer」の意味で、「EPの子供(SON)」がたくさん売れますようにという意味が、「EPSON(エプソン)」という社名の由来となった。

 このほかにも、水晶振動子を取り入れて誤差を少なくしたクオーツ式時計「セイコークオーツアストロン35SQ」も大きなインパクトを与えた。それまで機械式が主流だった腕時計市場をクオーツ式が席巻するきっかけとなり、セイコーの名を世界に知らしめた。82年にはテレビ付き腕時計「テレビウオッチ」を発売するなど挑戦的な商品を出し続けてきた。

 ただ、2000年代はそうした新製品が収益につながらなかった。三洋電機から2006年に買収した中小型の液晶事業は2009年にソニーに売却。半導体事業も工場を閉鎖し縮小した。構造改革の費用により、2009年3月期は1000億円を超える最終赤字を出した。

 2016年3月期の売上高は1兆924億円、営業利益が940億円。前期に年金制度改定に伴う300億円の利益が出た反動で減益となったが、ここ数年はウエラブル機器などの新規分野の貢献により増益基調が続いている。2008年に就任した碓井社長が事業撤退などに取り組む傍らで、新規事業の種まきを続けてきた成果が数字にも表れている。

 新規事業を立ち上げる場合、必要な技術や人材を短期間にそろえるために他社を買収する手もある。しかし碓井社長はあくまで社内のリソースを有効利用することを優先する。その上で、ペーパーラボのように、開発の現場にトップダウンで次世代の新製品の方向を示してきた。

 それが可能なのも、エプソンが幅広い製品を開発しながら蓄えてきた多岐にわたる技術があるからだ。

 時計のクオーツ全盛期であり、プリンターも飛ぶように売れていた1970~80年代ごろは、研究開発に多額の費用を投じていた。時計やプリンターに必要な機械の技術、クオーツで培った電子機器の技術、プロジェクターで培った光学技術や画像処理技術、インクで培った化学技術などが生まれ、エプソンを支えてきた。

社内の技術で車も作れる

 新規事業の立案に携わる井上茂樹・常務取締役は、「やりたいことを開発に投げかけると、大概のことは『分かりました』とやってくれる。車ですらも作れといえば作れてしまいそうな技術の厚みがある」と語る。

 しかしながら、2000年代中ごろまではそのことが副作用を生んでいた。技術や事業、製品の幅が広がりすぎたため、組織全体で見れば非効率な部分が目立つようになっていたのだ。

 碓井社長はそうした状況を解決しようと長期ビジョン「SE15」を策定し、構造改革を進めた。その中心となるのが、「保有する技術や販売の資産から新しい製品と事業を生み出す」という方針。社内のリソースを有効に活用し、エプソン流の新たな勝ちパターンを確立しようとしてきた。

 その成果の一つが、ペーパーラボだ。それ以外にも、画面を見ながら周りの状況を確認できる民生用では世界初のスマートグラス「モベリオ」や、2017年に投入予定の「双腕ロボット」など新製品が生まれている。

F1チームの見学など利用の裾野が広がっている
●スマートグラス「モベリオ」の利用例
F1の見学客が黒間のエンジンなど内部の様子を動画で確認できるようにしている(上)。工場での作業ミス防止にも利用可能(下)

 モベリオは両目のレンズ部分が透過型ディスプレーになっている製品で、2011年に販売を開始した。ディスプレーには高温ポリシリコンTFT液晶を使っている。中小型の液晶から撤退する中でも保有し続けていた技術だ。「液晶の技術を残すための新製品を考えてほしい」という碓井社長の依頼がモベリオ開発のきっかけとなった。

 モベリオは現在、実際の光景とディスプレー上に映る映像を重ね合わせて作業を効率化するAR(拡張現実)のツールとして販売している。映画鑑賞などの娯楽用途だけでなく、今後エプソンが狙うのが企業向け需要だ。

 例えばビデオ会議。遠隔地の人と話すとき、モベリオをかけると実際の会議室の椅子に遠隔地にいるはずの相手が座っているのが見えるイメージだ。「海外の人が話した内容を翻訳してディスプレー上に映してもいいし、イヤホンを通じて同時通訳の音声を流す形でもいい」と井上常務は話す。