一本の電話から始まった

 ペーパーラボの開発が始まったのは2010年。研究開発部門に所属していた市川部長への一本の電話が発端となった。電話の相手は、当時、技術開発本部長だった福島米春・常務取締役。「碓井社長から、オフィス内で紙をリサイクルできる機器を開発できないかと打診されたんだ」。福島常務は市川部長にそう伝えた。

 オフィスで紙をリサイクルする。実現すれば環境に優しいだけでなく、自社製品であるプリンターや複合機を気兼ねなく使ってもらえるため、ほかの製品とのシナジー効果が見込める。

使用済み用紙を社内でリサイクルできる
ペーパーラボの仕組み

 コンセプトは理解できたが、提案は無謀にも思えるものだった。打診された市川部長も「正直、どう実現するかは思いつかなかった」と振り返る。

 とはいえ、社長の指示を無視するわけにはいかない。市川部長はまず、紙のリサイクル機器にニーズがあるかどうかを把握することから始めた。

 エプソンの職場や長野県の地元企業を見学し、オフィス内の紙の流れを分析した。そうすると、金融機関や自治体などでは情報漏洩を防ぐために紙の廃棄に多額のコストをかけていることが分かった。

 リサイクル機器を開発するには、紙がどのような仕組みでできているかを知る必要がある。そのため、市川部長は紙漉(す)き職人の元を訪ねるなどして、紙についての研究を重ねた。

 「ニーズはある。世の中に新しい価値をもたらすこともできる」。調査を続ける中で、市川部長は手応えを感じていた。しかしながら、大きな課題があった。一般的な方法で紙を再生するには、大量の水が必要になるという事実だ。

 オフィスで大量の水を確保するのは至難の業。そもそも、複合機など電子機器は水分との相性が悪い。水を使わずに紙を再生する方法を考える必要があった。

稼ぎながら技術を熟成

 そこで市川部長が思いついたのが、紙に衝撃を与えて細かく砕き、綿状の繊維に戻す方法だった。「細かくした紙の繊維が一定以上長くないと紙に戻せない。詳しくは話せないが、砕き方は試行錯誤を繰り返した」(市川部長)。

 衝撃によって紙を砕いた後に、繊維からインクなどの色を抜く。その後、結合剤を混ぜてくっつけ、圧力で成型するという流れだ。

 ペーパーラボの基礎技術を確立するまでに、社長の打診から1年を要した。そして2011年、市川部長が碓井社長や福島常務に成果を報告。「紙をリサイクルできないかとは言ったが、水を使わずにできるとは思っていなかった」(碓井社長)。製品化へのゴーサインが出た。

 紙を再生するレシピはできたものの、製品化にはまだ長い道のりが残っていた。最大の課題は、厚みが均一で、簡単に破れたりしない安定した品質の紙を作れるかどうかだった。

 この難題に対して、エプソンはこれまでの新規事業でも取り入れてきたある考え方を実践した。碓井社長が日頃から唱えていた「稼ぎながら技術を熟成する」というものだ。

 要素技術を開発する上で、研究室の中に閉じこもっているのではなく、既存の製品や工場の力を生かしながら実用レベルに近づけていく。

 ペーパーラボでは、再生紙を何層にも重ねて厚い紙を作る技術がその対象となった。新たに開発した技術で吸収体を作り、自社製品であるプリンター内部で廃インクを染み込ませる部品として活用することにしたのだ。

 最終製品として量産することにより、生産技術や各部門のエンジニアなどが次々にアイデアを出してくれる。研究室の限られた人数や金額の中で開発するよりも、品質やコストといった面で鍛えられる。「綿状になった紙は軽くてフワフワして扱いにくい。機械の中でそれをどのように運ぶかなど、いろいろなアイデアを出してもらえた」と市川部長は語る。