なぜ、高い障壁をクリアしてセパレーター市場に参入できたのか。その強みはどこにあるのか。記者は同社の心臓部である韓国工場へ飛んだ。

 韓国ソウルから南へクルマで1時間半。清州市梧倉の工業団地内に、同社の巨大な韓国工場が見えてくる。東京ドームの2倍以上の敷地面積に7本の製造ラインが並ぶ。今年中にさらに2本の新ラインが稼働する予定だ。

 逐次二軸延伸法──。この生産技術を使うラインこそが、同社が後発ながら優れたコスト競争力を実現した原動力だ。「原料の配合は2割。残りの8割の秘密がここにある」(崔社長)

 セパレーターを生産する際には、フィルムを徐々に薄く伸ばしてイオンの通路となる小さな穴を無数に開ける技術が生産性向上のカギを握る。

 高いシェアを持つ日本メーカーの牙城に風穴を開けるには、ダブル・スコープがライバルよりも「高品質かつ低コスト」なセパレーターの量産を実現する必要があった。

 旭化成などの大手の生産技術の主流は、同時二軸延伸法と呼ばれるもの。フィルムを縦方向と横方向に同時に伸ばしていく方法で品質管理がしやすい。ただし、業界では、最大で縦横6倍=計36倍までしか伸ばせないことが通説になっているという。

 ダブル・スコープの延伸法は違う。まず横方向に伸ばし、伸ばしきったフィルムを今度は縦方向に延伸していく。縦横10倍=計100倍まで延伸できるため、従来法の3倍の生産性があるが、フィルムの厚さにムラができやすく、業界では「ご法度」とされてきた。

量産技術支える36人の「宝」

ダブル・スコープの韓国工場は、LG化学のリチウムイオン電池工場の隣に位置する

 例えば韓国の化学大手、LG化学はそのご法度に挑戦した一社だ。パナソニック、韓国のサムスンSDIと並んでリチウムイオン電池トップ3の一角を占める同社は、逼迫するセパレーター需給を解消するため、7年前に自前で生産設備に投資した。しかし、業界関係者によれば、ダブル・スコープと同じ逐次二軸延伸法を採用したものの歩留まりはわずか10~20%にとどまり、15年に2本のラインを売却した。

 実は、そのラインを買ったのがダブル・スコープだ。その時点で既に2本のラインを稼働させていた同社は、LG化学から買ったラインを2年かけて改良し、現在の歩留まり率は90%を超える。

生産したセパレーターの仮置き場。顧客ごとに管理されていて、LG化学などの名前が並んでいた

 ダブル・スコープの強みはこのような生産技術にある。同社はラインを新設する際、東芝機械などの設備メーカーから装置を購入するが、生産設備の調整は完全に自社の技術者だけで行う。創業以来、約10年間をかけて、逐次二軸延伸法で歩留まりが高い方法を磨きに磨いてきた。1号ラインの稼働開始時はわずか1%にすぎなかった歩留まりを90%に高めたからこそ、圧倒的な低コストを実現できたとする。

 大手も最新ラインで逐次二軸延伸法を採用し始めたが、100倍まで伸ばせせなかったり、伸ばせたとしても歩留まりが悪かったりして、ダブル・スコープの生産性には遠く及ばないという。

セパレーターは、顧客ごとに決められたサイズに裁断して巻き取り、出荷される

 ダブル・スコープはフィルム製造や生産設備の専門家など、他社からの引き抜きも含めて36人の「宝」ともいえる人材を抱える。新ラインの設備は彼らのノウハウを基に約2カ月かけて調整する。設備メーカーに任せないのは「生産技術は設備メーカーから他社に漏れるから」(崔社長)だ。

 同社の技術を他社は喉から手が出るほど欲しがった。電池業界に詳しい関係者は、「日系企業を含め、数社が実際に買収に向けて動いたはずだ」と話す。「1兆円なら売りますよ」。崔社長は買収提案に対してこう切り返したという。

いくつもの試練を乗り越えた
業績の推移と主なトピック

2005年10月
母国・韓国を飛び出し日本で起業
2006年8月
ソニー製のリチウムイオン電池が発火。安全基準の見直しが始まる
2008年12月
韓国の第1工場で火災

 技術だけではない。同社を支えるもう一つの戦略的な強みは、2つの試練から生まれた。

 韓国で生まれ育った崔社長は、当然最初は韓国での起業を考えた。VCや大手銀行など50社近くを回った。「日本のお家芸なんだから、ベンチャーじゃ無理」「その試作品は、どこか大手の製品じゃないの」……。出資してくれる投資家はゼロだった。

日本で起業したことの副産物

 早くも訪れた逆境。しかし、それを逆にチャンスと捉えた。「韓国がダメでも、日本なら技術を見る『目』が投資家にあるはずだ」。さらにしたたかなのは、2つの“副産物”を計算していたことだ。

 一つは、当時シェアトップだった日系電池メーカーと議論することで、最先端の技術のヒントを得ること。もう一つは、日本企業として韓国に工場を立ち上げれば、外資企業の優遇として工場用地の借地費用の50年間免除や法人税の大幅減免を受けられること。設備投資が韓国企業の数分の一で済む。

 この戦略で、同社は韓国に工場を設立することを決定。しかし決定と前後して、06年に次の試練が訪れる。米デル製ノートパソコンの発火事故だ。電池を供給していたのはソニー。事故によって、各国の電池の安全基準が格段に厳しくなった。特に、セパレーターは強度アップなどを余儀なくされた。

 ダブル・スコープはこの時、既に自社製品の仕様を固め、生産技術の調整に入っていた。基準変更によって材料の配合から見直すことになった同社の製品開発は振り出しに戻った。結果、創業した05~07年までの売上高はゼロ。累積赤字は27億円を超えた。崔社長は「倒産寸前だった」と当時を振り返る。