クルマを所有しない時代に備え

 自動車のシェアリングサービスが普及すれば、同じ車両でも朝や夜は会社員の通勤に、日中は主婦が買い物にと有効活用できる。そんな未来がいつ訪れるかは分からない。10年後かもしれないし、20年後かもしれない。ただ、所有を前提としたビジネスモデルを築いてきたIDOMにとって死活問題であることは間違いない。「買い取り専業か、小売りもやるのか」という問いとは別次元の大きな地殻変動のなかに、IDOMはすでに巻き込まれている。

 経営陣に危機感がないわけではない。由宇介社長は数年前から定期的に米シリコンバレーに渡り、旧来の事業の枠組みにとらわれない新サービスの研究を進めてきた。成果の一つとして、2016年夏には月額定額制の乗り換えサービス「NOREL」の試験提供を始めている。

 4月上旬、ガリバー環八赤羽店(東京都北区)に、スズキの小型車「スイフト」が現れた。エンジンを止めて降りてきたのは都内で暮らす会社員の山本和秀さん(34歳)。駐車場に止めたスイフトの隣に用意されたのはホンダのSUV(多目的スポーツ車)「ヴェゼル」だ。山本さんはNORELの利用者。この日はスイフトではなく、ヴェゼルに乗って家路に就くことになっている。

ガリバー環八赤羽店で乗り換え手続きを終え、出発する山本さん(写真=藤村 広平)
着替えるような感覚で乗り換えられる
●月額定額制サービス「NOREL」の利用イメージ

 NORELは月3万9800?7万9800円を払うとIDOMの対象在庫から好きな車種を選んで乗れるレンタルサービスの一種だ。最短4カ月で次の車種に乗り換えられる。ガソリン代や駐車料は加入者が負担するが、損害保険料や自動車税はIDOMが支払う。

 「遠出にはやっぱりクルマが便利ですが、一旦購入すれば10年は所有することになる。生活スタイルが変わる可能性もあるなかでは、200万~300万円という高い買い物は正直できません」。山本さんは加入の理由をそう語る。

 新規事業を担当するIDOMの北島昇執行役員は「クルマそのものだけを取り扱う会社から『移動需要』全体を商売の糧とする会社にしたい」と話す。現在は首都圏在住者を対象としているが「今夏をめどにエリアを拡大して本格展開を始めたい」。将来的には4カ月より短い期間で乗り換えられるようにしたり、法人所有の遊休車両を対象車種に加えたりする検討も進めている。

 米フォード・モーターが「T型フォード」の大量生産に成功したのは20世紀初頭。それから100年以上にわたって、自動車産業は完成車メーカーがヒエラルキーの頂点に立ってきた。シェアリングサービスの進展は、この構図を一変させる可能性を秘める。これからは自動車そのものではなく、自動車を使ってどんな利便性を提案できるかが問われる時代になる。

 自動車を所有しない時代には、もはや新車か中古車といった区別も意味を持たなくなる。極論を言えば、自動車業界の頂点に立つのが完成車メーカーではなく、NORELのようなサービスを提供する会社になることもあり得る。

 実は、IDOMには由宇介氏のほかにも社長がいる。弟の貴夫氏だ。表舞台に出ることは少ないが、その肩書は由宇介氏と並ぶ社長。兼市氏がトップを退いた08年以降、IDOMは異例の兄弟2人社長体制になっている。同族企業は意思決定の速さが魅力的だが、視野が狭くなりがちというデメリットも指摘される。自動車業界で起きている100年に1度の大きなうねりを、IDOMはチャンスとして生かせるか。その社名が示す通り、現状に安住せず、挑み続ける姿勢が問われている。