世代交代して事業モデル変革

 IDOMが小売事業に注力し始めた08年は、創業者の羽鳥兼市社長(現在は名誉会長)が一線を退き、当時30代だった長男、羽鳥由宇介氏らにトップの座を継いだタイミングと重なる。

 会社設立からわずか6年で東京証券取引所への株式上場を果たすなど、急成長をけん引した兼市氏。その後継者として会社をどんな方向に導くのか。答えの一つとして、由宇介社長が打ち出した施策が小売事業だった。

 これは大きな賭けだった。というのも、IDOMは1994年の設立以来、「小売りはやらない」ことを武器に成長してきた会社だったからだ。

 中古車業者にとって、お客から買い取った車両には2つの行き先がある。自分で売るか、オークションに出品するかだ。車種にもよるが、小売り経由で稼げる粗利は平均30万円。オークションに出品する場合の3倍に上る。このため中古車業者は通常、買い取った車両をまず自社店舗で展示し、売れなかった場合にオークションに出していた。

 ただし中古車は生モノ。車両の市場価格は展示しているあいだにも刻々と落ち続け、展示が長引けば洗車など維持コストもかさむ。結果としてこの業界では、査定価格に在庫リスクと展示コストを織り込むのが常識とされた。

 走行距離や年式など、ただでさえ価格を決める要素が複雑に絡み合う中古車の査定。そこに業者都合の在庫リスクや展示コストが何万円分と差っ引かれているとなれば、消費者は「足元を見られているのでは?」と不信感が募る。

中古車業界に残るネガティブなイメージを変えたいという思いから、東京・丸の内の本社オフィスもガラス張りで開放感のある内装にしている(写真=北山 宏一)

 つまり小売りは業者にとってはこのうえない魅力的な販売ルートだが、その一方で、小売り販売することを前提にした買い取りは査定価格の決定プロセスを不透明にし、ときに消費者に犠牲を強いてきたということになる。

 「それなら小売りをやらなければいい。うちは買い取り専業でいく」

 これが、創業者である兼市氏の経営判断だった。「価格を透明にしたほうが、お客は安心して売りに来てくれる。利益は買い取り台数の多さでカバーすればいい」。この発想の転換が、中古車流通では後発にすぎなかったIDOMを業界の雄に育てた。

 買い取り専業であれば、オークションでの過去の取引をベースに一貫性のある査定ができる。IDOMは査定をすべて本社で実施する仕組みを整えたため、店頭の営業マンのスキルに応じて買い取り価格がぶれる事態も防げた。

 「小売りをやらない」戦略のもう一つの利点が在庫リスクの軽減だ。買い取った車両を在庫として保有するのは、オークションに出品するまでの10日間程度。店舗に展示しておく必要がないので、価格下落を抑えられた。

 IDOMの成功をみて、オークション会社傘下の「ラビット」やトヨタ自動車系の「T-UP」、「カーチス」などの競合も買い取りを前面に打ち出すようになってきた。だが先行企業のブランド力は強い。兼市氏の狙い通りIDOMの買い取り台数は増え、いまでも2位以下には圧倒的な差をつけている。