創業家の株がゼンショーへ

 3月30日午後、東京証券取引所。水留社長らスシローGHDの経営陣が笑顔で写真に納まった。この日、東証1部に上場したことで、同社は8年ぶりに株式市場に復帰したことになる。約40年前の創業から、ここまでの道のりを振り返ると、経営は山あり谷あり、波瀾万丈の歴史だ。

上場廃止を経て東証1部に上場
●スシローグローバルホールディングスの売上高と店舗数の推移
注:2015年9月期からは国際会計基準による決算

 スシローのルーツは、すし職人の清水義雄氏が大阪市阿倍野区で創業した1軒のすし屋だ。その後、回転ずしをチェーン展開するため、1984年に大阪府豊中市にすし太郎を設立した。

 一方、義雄氏の弟である清水豊氏が同吹田市に、別の会社「すし太郎」を設立。99年に2社が合併して、2000年にあきんどスシローが誕生した。

 同社は店舗網を関西圏から徐々に広げて売り上げを伸ばし、03年に東証2部に上場を果たした。

 ところが、思わぬ“お家騒動”が勃発する。07年3月に創業者の弟の豊氏と、その家族が保有していた株式を、牛丼店チェーン「すき家」などを展開するゼンショー(当時)が取得したのだ。その割合は発行済み株式数の27.2%で、ゼンショーは筆頭株主に躍り出た。

 この件を、当時の経営陣は事前に知らされていなかった。その上、ゼンショーは、競合の大手回転ずしチェーン「かっぱ寿司」を展開するカッパ・クリエイトの筆頭株主でもあった。企業文化の違うライバル企業との合併や、自社のノウハウが流出することを恐れたスシローの経営陣は、ゼンショーの影響力を弱めるべく動いた。07年8月、水産大手の極洋および、投資ファンドのユニゾン・キャピタルとの業務・資本提携を発表した。第三者割当増資も実施したことで、ユニゾンが第3位株主となり、ゼンショーの持ち株比率を22.3%まで低下させた。さらに翌08年にはユニゾンがスシロー株にTOB(公開買い付け)を実施して傘下に納め、09年4月に上場廃止となった。

 その3年後、12年9月にユニゾンが株式を投資ファンドの英ペルミラ・アドバイザーズに転売した。再上場という目標に向かって、本格的な経営改革が進んだのはそれからだ。

(写真=陶山 勉)

 「我々投資ファンドは、永久に株主というわけではないが、スシローの場合はとりわけまた上場したいという社員の熱意が強かった」。ペルミラ日本法人の藤井良太郎社長は語る。そして、10年前も経営陣の一人だった豊崎賢一取締役が、再上場に際して感慨深げに話す様子が印象的だったという。「『スシローの株を買った』とゼンショーから連絡があった日から、今日でちょうど10年ですよ」

 上場廃止の直前に200億円だったスシローGHDの時価総額は、4月7日現在、938億円まで拡大した。16年9月期の売上高は1477億円、営業利益は75億円と、10年前と比べて、売上高と営業利益はともに3倍に、大幅な成長を遂げた。既存店売上高は12年9月期から5期連続で前年を上回った。店数は460店と、「はま寿司」に次ぐ業界2位だ(4月7日現在)。

 非上場だった約8年間について「その前半は、ユニゾンによって出店を強化して業界日本一を目指した時期」と社長室長の清水敬太執行役員は説明する。ユニゾン主導の改革の集大成といえる12年9月期は、売上高1113億円を記録。そのころ、売上高でカッパ・クリエイトを上回り、業界1位に立っていた。