経産省は30年に、関連産業を含むCNFの市場が1兆円になると予想する。もちろん日本製紙がCNFへの先行投資を実らせるには、多くのハードルを乗り越える必要がある。
素材ビジネスの最大の市場は自動車。炭素繊維は発明から半世紀が経過し、ようやく自動車への本格採用が始まるところだ。CNF1兆円市場の青写真は、炭素繊維の歴史の半分の期間で、自動車市場を開拓することが前提となる。日本製紙に勝算はあるのか。
日本製紙CNF研究所の河崎雅行所長は「ほとんどの自動車メーカー、関連部品メーカーがCNFに興味を持ってくれている」と話す。その背景にあるのは国の強力なバックアップだ。
政府は日本の成長戦略として掲げる「日本再興戦略」に14年からCNFの利用促進を盛り込んだ。特定の新素材を指定するのは異例。国主導で結成した「ナノセルロースフォーラム」には、自動車、電機、住宅などの企業や、研究者、自治体など300以上のメンバーが参加する。農林水産省や経産省、環境省などがCNFの政策を議論する「ナノセルロース推進関係省庁連絡会議」も定期的に開かれている。
国を挙げてCNFを後押しするのは、木材パルプだけでなく、植物なら何でも原料になり得るから。資源小国の日本にはうってつけの素材だ。
経産省は各地域との連携で「おらが村のCNF」の開発を推進。竹林面積が日本一の鹿児島県では、薩摩川内市で放置竹林をCNFに利用する研究が進む。愛媛県でもかんきつ類の絞りかすを原料に採用しようとしている。
「地域の裏山が夢の新素材を生む宝の山に変わるかもしれない。CNFはアベノミクスの地方創生の切り札」(経産省素材産業課)との声も上がる。
クリームコロッケにも応用
日本製紙はこの商機を捉えようと様々な手を打っている。
昨年10月には新素材販売推進室を新設。CNFなどの新素材を拡販する営業部隊で、約10人のメンバーの半数は研究部門の出身者だ。紙容器などの研究から同室室長に転じた小浜裕司氏は「顧客から、特定の材料と混ぜやすいようにCNFの改質を求められることも多い。研究と営業の出身者がタッグで営業すれば、顧客の要望に対応しやすくなり、新たな商売のタネを引き出すことができる」と話す。
例えば食品メーカーから要望があったクリームコロッケへの応用。通常の増粘剤は温度変化に弱く、約70度で粘度が3分の1程度まで低下する。水分が蒸発して膨張し、衣が破れやすくなる。一方、温度変化に強いCNFなら「クリームがこぼれないクリームコロッケ」を実現できる。
日本製紙が現在CNFのサンプル品を提供している相手は500社程度。「当社からの売り込みではなく、相手先から『CNFを使ってみたい』と提案されるケースが多い」(小浜氏)という。
CNF事業の拡大に向けたもう一つの施策は前述した生産ライン。49ページの図のように、用途に合った特徴を実現できるように製造方法を各拠点で変えている。小浜氏は「CNFのラインアップをここまでそろえているのは日本製紙だけだ」と胸を張る。
まず自社グループ内で商品化しているおむつ向けCNFの本格生産を石巻市で4月以降に始める。食品や化粧品の増粘剤として以前から手掛けていた「カルボキシメチルセルロース」の製造設備・販路を生かし、江津市で製造するCNF増粘剤も拡販する。河崎所長は「20年ごろには、各ラインをフル稼働させたい」と話す。
本命の自動車向けCNFは富士市の拠点で開発する。京大が開発した、樹脂と混合しながらパルプ繊維を解きほぐす製法を採用。原材料費を10分の1に引き下げられる可能性があるという。まずは射出成型品での採用を目指し、多様な自動車部品向けにCNFの可能性を探っていく。
経産省によると、炭素繊維の主流である「PAN系」の1kg当たり製造コストは3000円。射出成型品として使われるガラス繊維は200〜300円だ。対抗するためには、CNFも500円以下に引き下げることが求められている。
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