2000年には創業家の中瀬氏に代わり、三井物産出身の田中和夫氏が社長に就任する。販売が低迷する中、改革を期待されての登板だった。田中氏は三井物産時代に、バーバリーの契約にも関わった。新たな収益源を育てようと、「TO BE CHIC(トゥー ビー シック)」「ILFARO(イルファーロ)」「COTOO(コトゥー)」などを開発したが、実りは多くなかった。トゥー ビー シックは年商40億円程度になったが、イルファーロとコトゥーは2017年8月末での撤退を決めた。

楽観論が根強く

 三陽商会が改革に足踏みする中で、かつては一蓮托生の関係にあった百貨店が激動の時代に入る。00年代後半に、大再編が起きたのだ。07年には大丸と松坂屋ホールディングスが統合しJ.フロントリテイリングが誕生。08年には三越と伊勢丹が統合して三越伊勢丹ホールディングスに生まれ変わった。統合は百貨店店舗の集約につながる。百貨店での売上高構成比が7~8割と高かった三陽商会にとって劇的な経営環境の変化だったはずだ。

 百貨店の再編だけではない。08年は、スウェーデン発の世界的なファストファッションの「H&M」が日本に1号店を開く一方、スタートトゥデイが運営するネット通販「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」が一気に知名度を増し、100億円の売上高を突破した年だ。

 衣料品市場が激変する09年頃には、「バーバリーとの契約終了期限が当初の予定の20年から15年になる」という噂が、関係者の間でささやかれ始めた。こうした環境変化や、契約見直しの予兆にもかかわらず、三陽商会から抜本的な対策は見えてこなかった。当時の社長はバーバリー事業部長を経て07年に就任した杉浦昌彦氏だった。売り上げが下降線をたどる中、人員削減などの手を打ったが、業績回復に至らなかった。

 バーバリーの契約終了が決まった後でさえ、将来の見通しに楽観的な要素が消えていなかった。当初、16年12月期の売上高を770億円と予想。その後7月には700億円と下方修正したが、実績はそれをさらに下回る676億1100万円だった。

 ある百貨店幹部は三陽商会をこう評する。「原価率を下げられたのがオンワード。よいもの作りを続けたのが三陽」。それが皮肉にも、百貨店の市場縮小に対する抵抗力を弱める結果となった。

 財務面でも厳しさが増しつつある。13年12月期の不動産売却、14年12月期のバーバリー終了前の駆け込み需要などで、274億円にまで積み上がった現金残高は、直近で184億円まで減少している。ある百貨店の三陽商会の売り場では、同社の別ブランドへの切り替えが、延期になっている。「三陽の既存店の売り上げが伸びない中、出店を抑えているのかもしれない」(同百貨店幹部)。

 今後、ブランド数が減り、販売量が落ちる中で、急激にコストを削ろうとして、また売り上げが減ったり、品質が落ちたりすれば、「負のスパイラルが始まり、一時のレナウンのようになる」(前出の大手百貨店幹部)。三陽商会は、すでにマッキントッシュ ロンドンの店舗閉鎖も視野に入れている。約260店舗のうち夏以降、複数店舗の閉鎖を検討していると同社幹部は明かす。

 中期経営計画を公表した、2月14日の記者会見で、三陽商会は、投資ファンドなど外部資本の受け入れについては「現状の投資計画は保有資産で賄えるため、(資本受け入れなどは)考えていない」(松浦薫代表取締役)としている。ただ、資金難に陥ったアパレル企業が支援を受けるケースは増えており、今後も本業の止血に失敗すれば、支援受け入れも現実味を帯びるだろう。

積み上げた現金が急減している
●三陽商会が保有する現金の期末残高
ピーク時の10分の1に落ち込んでいる
●三陽商会の株価の推移