業績が低迷していた企業の復活物語では、往々にして、痛みを伴う大胆な組織改革が焦点となる。 だが、長らく「眠れる獅子」ともいわれてきたライオンは、停滞からの脱却に、そうした手法を選ばなかった。 ポイントは3つ。ブランドの絞り込み、営業の意識改革、一蓮托生の組織風土の醸成だ。

(写真=稲垣 純也)

 「これまでの成果が出ている」──。2月10日、2016年度(12月期)の決算説明会の席上、日用品大手ライオンの濱逸夫社長の表情には自信が透けていた。それもそのはず。連結売上高は3956億円で前年度比4.5%増と順調に拡大。営業利益は同49.6%増の245億円へと急伸した。計画通りにいけば、17 年度は4期連続の営業最高益となる。

 上げ潮に乗っているライオンだが、最高益記録が始まる14年度より前は、低迷していた。連結売上高は30年ほど前から3000億円強で推移し、完全に横ばい状態。その間、営業利益率は2%程度で、同1ケタ後半だった最大手の花王と比べると、雲泥の差があった。

 もちろん、今でも花王との差は大きい。5年ほど前まで400円前後で推移していた株価は足元で2000円程度に上昇、時価総額は6000億円を超えたものの、まだ花王の約5分の1。営業利益率は6.2%だが、花王の12.7%(いずれも16年度)に遠く及ばない。

 それでも、ライオンにとって停滞から抜け出したという事実は、業績数字以上に大きな意味を持つ。組織が自信を取り戻し、眠っていた潜在力を呼び覚ましたからだ。

 きっかけを作ったのが濱社長である。11年10月、ライオンは20年までの長期ビジョン「Vision2020」を掲げた。前任の藤重貞慶相談役とともに、当時常務だった濱氏が中心となって策定した。ライオンとして10年先を見据えたビジョンを掲げたのは、初めてのことだった。その中身は、20年度に売上高5000億円、営業利益率10%を目指すというものだ。翌12年1月に社長に就任した濱氏が、その計画を自ら実行することになった。

 濱社長は、ライオンをどのようにして変えたのか。ポイントは3つ。①重点ブランドへの集中②「なぜ」を問う営業への脱皮③一体感の醸成だ。

(写真=バファリン:稲垣 純也)

重点ブランドを決め 高付加価値路線へ転換

 今でこそ中期経営計画の数値目標を1年前倒しするペースで達成している濱氏だが、社長としての出足はつまずいた。当初、12年度の営業利益は前年度比7.4%増を計画したが、35.4%減という大幅な減益になったのである。「売りやすいものばかりを売ってしまった」(濱社長)ことが最大の敗因だった。

 これこそがライオンの悪癖だった。競争が激しくなり、計画達成の雲行きが怪しくなると、安売りで量を稼ぎ、売り上げを確保する。実際、12年度上期は大幅減益になる一方で、売上高は前年度比5.5%増となった。

 社長就任早々、組織に染みついた「安売り」体質に足をすくわれた濱社長は、抜本的な改革を決意する。といっても、組織を大幅に再編したり、不採算事業を売却したりしたわけではない。社員の意識を変えることで、低収益体質から脱却することを目指した。

 最初に取り組んだのが、高付加価値化の可能性があるブランドに社内のリソースを集中することだ。約60あるブランドの中で、重点ブランドと位置づけたのは歯磨きなどオーラルケアの「クリニカ」や衣料用液体洗剤「トップ NANOX(現スーパーNANOX=ナノックス)」など1ケタのブランドのみ。その結果、重点ブランドのマーケティング予算は約1.5倍に拡大した。