国内生産死守か、海外生産か

 ただ、規模の拡大とともに、成長を阻む課題も目立ってきた。周りを田畑に囲まれた本社工場は土地利用の規制上、拡張はもう限界だ。竹内社長は創業の地でのモノ作りにこだわってきたが、国内の別の場所に新工場を建てるなどの対応が迫られる。17年11月末で600億円近い利益剰余金があり、投資余力は十分。為替の変動リスクを勘案すれば、海外生産も選択肢に入る。

 手薄だったアジア市場の開拓も焦点となる。欧米で培った高付加価値なブランドイメージを守りつつ、いかに低価格品が中心の現地市場で戦っていくか。生産、営業両面で戦略の再構築が必要になる場面もありそうだ。

 長野に根差しつつ、名だたる競合を向こうに回してミニショベルで牙城を築いてきた竹内製作所。二番煎じに甘んじることなく、常にオリジナル商品で勝負を挑み、グローバル企業へと脱皮した。同社の歩みは、日本の中堅製造業が世界で生き残る道を示している。

INTERVIEW
創業者・竹内明雄社長に聞く
84歳になっても「職を全う」
御年84歳。こよなく現場を愛し、工場の見回りが日課。製造中の建機の運転席に身軽に飛び乗って隅々まで点検、気づいた点は即座に指示(写真=林 安直)

 現場主義がとにかく大事だと思ってこれまでやってきました。おカネを生むのは現場ですから。開発中の製品はすべて私の頭の中に入っていますよ。そうじゃないと技術者とはいえません。デスクにいるのは書類にハンコを押すときくらいです。

 1971年にミニショベルを開発した当時、ウチのは重量が2トンでした。他社のはみんな数十トンクラス。「こんなおもちゃをどうするんだ」なんて陰口もたたかれましたよ。でも、今では大型よりもミニのほうが目立つようになりましたね。

 自前の販売網がなかったので、OEM(相手先ブランドによる生産)もやりました。しかしミニショベルというマーケットが確立すると、多くの企業が参入してきました。これではいかんと、いち早く海外に目を向けたわけです。

 最初は難航し、出張経費もかさむので現地の人材に多くを委ねるようにしました。そしたら、ぼつぼつ軌道に乗り始めたんですね。あまり意識していませんでしたが、現地への権限委譲が進んだんですね。今でいうグローバル経営を実践できたのだと思います。

 長野でのモノ作りへのこだわりはあります。ここで生まれ育ったんだから、少なくとも私の時代、どこか別の場所に行こうとは思いません。海外の顧客にも「日本製だから」という信頼感があります。世の中にない新しい製品、機能を生み出す、という点を重視してきました。

 主要な販売先である欧米の経済は足元で堅調です。2018年も建機受注にとって重要な要素である住宅着工などは底堅く推移するでしょう。増産投資も行っていますが、供給責任のあるメーカーとしてこれで満足というわけにはいきません。

 売上高1000億円という大台の突破に向けて、M&A(合併・買収)や専門性に優れた他社との提携も視野に入れています。具体的な案件は決まっていませんが、いずれはクルマだけでなく建機にもやってくる電動化や自動化への対応も含めて、必要な手を迅速に打っていきます。

 体が動くうちは社長の職を全うしていくつもりです。精いっぱいやっていれば(息子の竹内敏也副社長ら)次世代が自然と私の背中から経営のやり方を学んでくれるのではないでしょうか。(談)