売上高は3年で3倍以上に
そして生産。グランドセイコーは精密な部品を多用しているため、急激に生産量を増やすことは難しい。攻勢に向け、生産面でも準備が必要だった。
ダルビッシュ氏の広告を打つ1年前の2011年、セイコーは大量増産に動いていた。ムーブメント(駆動部)を製造するセイコーエプソンやセイコーインスツルなどに、「前年の2倍の量を作ってほしい」と依頼したのだ。生産量を一気に増やせば在庫リスクが高まる。大丈夫かと心配されたが、梅本副社長が各社を説得して回った。
この判断が奏功した。ダルビッシュ氏の広告が掲載された2012年5月以降、新聞を持って店舗を訪れる顧客が目立つようになり、20代30代の若い層の割合が約2倍に増えたのだ。
セイコーのグループ会社で、東京・銀座にある高級宝飾店の和光では、結納返し向けにグランドセイコーを指名する客が増加。以前は若い顧客向けは20万円程度が中心価格帯だったが、30万~40万円と上位モデルを買う顧客も増えていった。
グランドセイコーの売り上げが伸びれば、取り扱うデパートや専門店も増えてくる。最初は出店を断られた地方の有力専門店が一気になだれ込み、サロンは今では30店舗に増えた。グランドセイコーの売上高は2010年度まで横ばいが続いていたが、それ以降の5年で3倍以上となった。
そして今、次の成長に向けた手を打ち始めた。それが、国内市場での顧客層のさらなる拡大だ。
ここ数年の国内市場は、インバウンド特需に沸いてきた。ただ、中国の景気低迷で雲行きが怪しくなっている。その影響で、セイコーHDはこの2月に時計事業の2016年3月期の売り上げ見通しを、従来予想から50億円引き下げたばかりだ。
国内事業の強化には、顧客基盤のさらなる拡大が欠かせない。そこで冒頭で見たように、2016年から高額商品の本格展開を開始する。
グランドセイコーでは通常より厳しい品質検査に合格したムーブメントや貴金属、宝石を使った200万円、600万円など3桁万円の商品を次々に投入する予定だ。「数千万円の資産を持つ中間層、準富裕層と呼ばれる層だけでなく、1億円を超える資産を持つ富裕層もターゲットにする」と梅本副社長は意気込む。高額な限定商品の売れ行きなどからブランド力が高まってきたとの手応えを感じ、高額品市場への本格参入に踏み切った。
そしてもう一つが、女性顧客の取り込みだ。従来のグランドセイコーの主要顧客は男性で、女性顧客は後回しにされてきた。これも今年から、50万円前後の価格帯を中心に女性向けの販促を強化する。女性向けのモデル数を従来の2~3倍に増やすのに伴い、2月から女優の天海祐希氏を使った広告展開を始めた。
●今後のグランドセイコーの戦略

新たに狙うのは、働く女性や、グランドセイコーを愛用する男性のパートナー。「実用時計だけでなく、宝石を埋め込んだりデザインを重視したりするなどした宝飾系の商品も出していく」(服部会長)方針だ。
足元の日本市場で確実に稼ぎ、それを原資に欧州などの海外市場に打って出る。それが次なる成長シナリオだ。
現状、セイコーは競合他社に比べると海外販売比率が低い。シチズンHDやカシオは海外販売比率が7割近いのに対し、セイコーHDは53%。その内訳はアジアの比率が35%と高く、欧州(8%)や米国(10%)が低い。
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