産業界で「完全に枯れた」と見なされていた技術を辛抱強く研究し続け、事業として成立させることも少なくない。
「シートやフィルムの開発を主力にしているうちが、なぜ磁石を作ったのかと驚かれた」。髙﨑秀雄社長がこう語るのが、今年8月、開発に成功したと発表した世界初の産業用ネオジム磁石だ。自動車や電機、ロボットなど、モーターを多用する業界からは驚きをもって迎えられ、発表直後から様々な業界からの問い合わせが相次いでいる。
ネオジム磁石は永久磁石のうち最も強力とされるも、磁力とその向きを保ったまま変形させることはできなかった。日東電工は無機物の磁石に得意な有機物を混ぜ込んでこのハードルをクリアした。モーターに利用すれば、性能を2~3割程度高められるという。
この新磁石の開発には「元ネタ」がある。ブラウン管テレビの部品に管理用のバーコードを付ける技術だ。生産工程の中に高温になる部分があり、紙やプラスチックは使えない。そこで有機物と無機物を組み合わせて焼き付ける方法を開発。一時、そのシェアは9割に上ったが、液晶テレビの普及でブラウン管テレビは姿を消し、技術を生かす場は消えてしまった。
そんな状況でも、ITOフィルム同様、現場の技術者も経営陣もこの技術に見切りをつけることはなかった。転機が訪れたのは2000年代後半だ。モーターを多用する業界では、その効率を高める理想的な磁石の形が指摘されていた。だが誰も挑戦しようとしない。そこで、愚直に無機物を扱う技術を磨いてきたチームが「自分たちの技術を生かせるかもしれない」と思い付き、5年以上かけて開発にこぎ着けた。
「お客さんから要望が出た後に動き出していては遅い。どんな提案がきても、すぐに対応できるように要素技術は常に幅を持って準備している」と髙﨑社長は話す。
日東電工流の超長期開発戦略は、将来有望な技術をしっかり見定めないと、見通しが立たない技術を大量に抱え込みかねない。たとえ花開いても市場が想定よりも拡大せず、投資回収が進まない事態も考えられる。それでも同社が辛抱強くニッチにこだわるのは、コモディティー市場で短期視点の製品開発を続けても成長を続けることはできないという信念があるからだ。
技術的優位性を競えないコモディティー化した市場では、必然的に価格やボリューム勝負に向かっていく。ここで資金力や生産能力に勝る競合や、生産コストの安い新興国企業と全面的にぶつかっても勝ち目は薄い。
ボリューム勝負が効きにくく、参入障壁が高いニッチ市場で早くから技術的優位を保つことができれば、市場が拡大して競合大手が目を付けた頃には独走態勢に入ることができる。
その戦略の正しさは、数字が証明済みだ。他社を出し抜くニッチトップ製品を継続させて生むには長期の開発と数多くの研究分野に投資することが必要だが、同社はそれを補って余りある経営効率を実現している。
経営効率高いニッチ戦略
2015年3月期の売上高営業利益率は13%と、同社が属する東証1部上場企業の化学分野の平均(7%)の倍近い。信越化学工業(15%)には劣るものの、積水化学工業(8%)、富士フイルムホールディングス(7%)を大きく上回る。自己資本比率は7割を超えるが、ROE(自己資本利益率)は14%と業界平均より5ポイント以上高く、信越化学(7%)をしのぐ。
ただこうした指標は結果にすぎない。ニッチトップ戦略の本質的な強みは、長期的な展望を描ける点にある。社内に散らばる数多くの要素技術のうち、何を守り、何に見切りを付けるべきか、見通しが立てられるのだという。その理由を西岡CTOはこう説明する。
「『こんな製品があればいいのに』と思ったお客さんは、それを作ってくれそうな企業に相談する。結果的に、様々な分野で市場シェアの高い製品を抱える我々の元に、顧客の潜在ニーズが集まるようになる。そうした情報を照らし合わせることで、ものになりそうな技術、なりにくそうな技術の見極めができる」
取引先の課題や展望について各部門からの情報を集約するのが、月に1度開かれる統一技術戦略会議だ。半導体から電機、自動車、住宅業界まで幅広い顧客が今後必要とする技術の方向性を議論し、自社の研究開発に反映する。
「この仕組みを維持するには、当社と取引先の双方がともに『居心地が良い』と思える場所を作ることが欠かせない」と髙﨑社長は話す。
現在の収益の柱である偏光板事業では、髙﨑社長が言う「居心地の良い」場所を自ら作り出している。
Powered by リゾーム?