カラオケ市場が縮小する中、他社の閉店跡に積極出店し、店舗数で業界2位にのし上がった。もう進化は難しいと思われがちなビジネスで意外な潜在ニーズを掘り起こすのが得意技。「ひとりカラオケ」のほか、フィットネスなども手がけ、総合レジャー企業としての成長余地も高い。
千葉県在住の福田佳代子さん(61歳・仮名)は、1月半ばのある日、気の置けない大学時代の仲間5人と新年会を開いた。場所は都内のカラオケ店「まねきねこ」である。
福田さんがまねきねこを選んだのには訳がある。同じエリアの他のカラオケ店ならば平日の日中、室料は通常で1時間当たり140~350円かかる。これに対して、まねきねこは100円だ。ドリンク1杯は必ず注文しなければならず、プラス400円程度はかかるものの、3時間過ごしても室料とドリンク代を合わせて1000円以下で済む。
食べ物、飲み物が持ち込み自由であることも、福田さんがまねきねこを選んだポイントだ。この日の新年会は昼食を兼ねて午後1時から4時まで。近くのスーパーでビールなどのお酒とすしやポテトサラダ、空揚げなどを買い込んでゆっくり楽しんだ。
カラオケ店「まねきねこ」は、郊外のロードサイドを中心に出店を進めてきた
「お皿や箸、すしのしょうゆなどもお店が用意してくれるのでありがたい。サービスも充実していて気に入っています」と、福田さんは話す。
カラオケ店は一般に、仕事帰りのビジネスマンらが集まる夜に繁盛することが多い。だが「まねきねこ」は、朝から大勢の人でにぎわっている。なぜか。
まずは室料の安さが際立つ。福田さんが行った店の場合、午前7時から午前11時までは室料1時間20円、午前11時~午後7時までは100円。稼働率の低い時間帯の室料を思い切って低く設定したところ、シニア層のカラオケサークルや、主婦の集まりといった新しい需要を掘り起こせた。
「居抜き」で出店コスト抑制
お金をあまり持たない高校生をカラオケに呼び込むサービスも展開している。高校生グループなら室料ゼロ円という「ZEROカラ」だ。ドリンク1杯だけでカラオケを楽しめるとあって、大きな集客効果が生まれた。
少子化という逆風の中、まねきねこの顧客に占める高校生の割合は対前年比で2桁増になった。大人になっても来店してくれるように、種をまいておくという意味もある。
「まねきねこ」は総合余暇サービス提供企業を標榜する、コシダカホールディングスが運営するカラオケチェーン店だ。現在、全国に398の店舗を持ち、店舗数はビッグエコーに次いで2番目の規模を誇る。
年間30~40店舗のペースで開業してきたが、これまでは郊外中心だったため、都心部にはまだ店が少ない。
その背景には、大きな繁華街を中心に展開するカラオケチェーンなどとは違う独自の戦略がある。1997年、群馬県伊勢崎市に開店したまねきねこから、同社は出店にある基準を設けた。営業不振で閉店してしまったカラオケ店の後に入り、その設備を使って新たに店をオープンする「居抜き出店」にこだわり続けたのだ。
郊外では若い消費者が急速に減少したところも多く、かつては業績の良かったカラオケ店が苦戦する例が目立つ。ライフスタイルの変化や、近年の飲酒運転に対する取り締まりの強化なども、「2次会はカラオケ」の流れから人々を遠ざける要因となっている。
上場来8期連続増収を達成した
●コシダホールディングスの業績
注:決算期は8月期
コシダカは、こうした「カラオケ不況」をチャンスに成長してきた。もちろん居抜きでコストを抑えた出店は可能だ。しかし、もともと不振店だった店で、どうすれば売り上げを伸ばすことができるのか。
食べ物の「持ち込み自由」だけでなく、カラオケチェーン店でセルフサービスのドリンクバーを初導入するなど、一見採算を無視しているような施策で業界に驚きを与えてきた。10億円かけて「すきっと」と呼ばれる自前の通信カラオケシステムを開発。日本の業務用通信カラオケを牛耳る第一興商のDAMや、エクシングのJOYSOUNDに対抗し、独自サービスを提供することもしている。
「お客様に喜んでいただき、リピーターになってもらえれば利益は出る」(腰高博社長)という方針の下、様々なアイデアが顧客獲得につながっている。
「利用者が大して期待していないサービスに力を入れる」(同)ことも重要だ。一般的にカラオケ店は施設の清掃やサービスの水準が低いことも少なくない。そんな中、コシダカはあえて店員には挨拶や笑顔を徹底させ、店内を明るく、入りやすい印象に保つよう工夫している。利用客に「驚き」を与え、リピーターにしてしまうのである。
「1人で歌いたい」に対応
「隠れたニーズ」を掘り起こすことで成長を続けるコシダカの取り組みを象徴するのが、2011年11月にスタートした、1人利用向けのカラオケ専門店「ワンカラ」だ。
全国カラオケ事業者協会が発行する「カラオケ白書」によると、カラオケ人口は1990年代をピークに減少傾向だ。会社の上司や同僚などと、大勢でお酒を飲みながら楽しむという消費行動が、かつてほど好まれなくなったことが背景にある。
カラオケ人口は減少傾向
●カラオケ参加人口とカラオケボックスルーム数の推移
出所:カラオケ白書2014
一方で「仲間と盛り上がる」のではなく、「1人で歌ってストレス発散する」というニーズはあるはずだ。1人で来店する顧客が、ある程度いることは知られていた。しかし、「1人で部屋を占領していて効率が悪い」「歌ってばかりで飲食をしてくれない」と、カラオケ店にとってはあまり喜べない客であるのも事実だ。
そこで始めた「ワンカラ」は、1坪ほどの大きさの部屋にある、高性能コンデンサーマイクを備え付けたプロさながらの設備の中で、思う存分歌い込めるようにしたのだ。料金は1時間900円からとやや高めだ。従業員を既存店より減らすなどして、飲食需要がなくとも収益を上げられるようにした。
ワンカラは既存店に比べて出店や機材などにコストがかかる。投資の回収を早めるためには、部屋の稼働率を高める必要がある。
「ワンカラ」には、ファーストクラスと呼ばれる広めの部屋もある
そこで2015年9月にスタートしたのが、ワンカラを使ったオンライン英会話サービスの提供だ。テレビ電話ソフト「スカイプ」などを使って海外にいるネーティブ講師と受講者がパソコンで英会話学習をする「オンライン英会話」は、今やメジャーな英語学習法の一つとなった。1レッスン1000円以下と通常の英会話に比べてリーズナブルな上、好きな時間に自宅で英語学習ができるのが強みだが、男性ビジネスマンにとっては妻や子供がいる家の中で「女性講師と向き合うのが気恥ずかしい」「声に出して発音すると笑われる」といった悩みも出てきている。
個室のワンカラ設備を活用すれば、こういった悩みからは開放されるため、集中して学習できる。コシダカは2015年6月にイングリッシュアイランド(東京都港区)を買収している。ワンカラ英会話は、現在10店舗のみの展開だが、ワンカラの出店が増えれば、今後はイングリッシュアイランドがフィリピンのセブ島に抱える講師陣を使って本格展開する予定だ。
「30分健康体操」の可能性
既存のサービス業種で、新業態を開発する──。成熟したかに見えるサービス事業を深掘りし、そこから新しい商機を生み出していくコシダカのやり方は、カラオケ事業以外の事業にも通じている。代表例は、子会社のカーブスジャパンを通じて展開しているフィットネス事業だ。
カーブスとは、米国で生まれた女性に特化した健康体操教室の仕組みで、今や世界80カ国で展開されているフィットネスの新業態だ。
教室の中には円を描くように12種類のフィットネスマシンが並んでいる。利用者は好きな時間に教室に行き、空いているマシンから始めて12のマシンを順番に回る。2周続けると終了で、所要時間は準備体操を含めて約30分だ。
短時間で有酸素運動や筋力トレーニングができるという手軽さが受けて、2005年の開業以降、会員数はシニアを中心に74万人、店舗数は1648と急増している。
コシダカはこのカーブスの将来性に目を付け、2008年にベンチャー・リンクから20億円で買収、今や売上高186億円を稼ぐ事業にまで育てている。店舗数も買収時の約700店から1648店と倍以上に増えた。
これまでもジムやフィットネスなど、女性が身体を動かす場所はあったものの、シニアの女性には何となく行きづらい場所だった。カーブスは1回30分という手軽さに加えて、買い物や用事を済ませたついでに立ち寄ることができる。住宅街やショッピングセンターの立地が多いからだ。
カーブスを運営するのに必要な面積は、100~130平方メートル程度。出店コストもフィットネスクラブの約10分の1で済む点が、より主婦層の生活圏に密着した出店を可能にしている。主婦の口コミで効果が広がるため広告宣伝費も抑えられる。
運動習慣を手軽に身につけられるとあって、自治体から過疎地への出店オファーも相次いでいる。2015年には、鳥取県大山町が実施する地域課題解決に向けた地方創生事業にも参画した。通常は人口4万人の商圏に出店しないと採算が取れない中、人口1万7000人の大山町にあえて出店し、地域女性住民の健康増進、体力アップを通じた「転倒防止」「認知症予防」といった取り組みに貢献している。
自治体が有線放送や広報などを通じて会員の集客に協力したため、会員数は人口1万7000人でありながら約500人を確保した。自治体とタッグを組むことで、より広範な地域への出店が可能になりそうだ。
自治体にとってもメリットがある。民間企業を使って、運動習慣を身につけてもらえば、長期で見ると医療費の削減につながるからだ。しかも、財政負担は一切ない。腰高社長は「大山町での健康増進活動をブラッシュアップさせ、仕組みを確立できれば、他の地域でも展開していきたい」と話す。
既存業種の「変化球」で成長する
●コシダカホールディングスの事業内容
「安近短」が共通点
腰高社長の頭の中にあるのは、「安近短」型のレジャーの追求だ。少子高齢化や長引く景気低迷など、社会のマイナス要因を受けて、日本人の余暇の過ごし方や娯楽の楽しみ方も以前に比べて費用を抑える傾向にある。
カラオケもカーブスも、すべて「安近短」をキーワードに発展してきた。2010年に進出した温浴事業も、安近短のトレンドが続くと見込んで始めたものだ。カラオケ事業で培った「居抜き出店」のノウハウを温浴事業でも応用し、閉店した施設跡に入り、全国で5店舗「まねきの湯」などを展開している。
コシダカには、創業以来のポリシーがある。「安全安心」「リーズナブル」「フレンドリー」だ。清潔感と価格面での魅力、接客に注力することを通して付加価値を創出し、お客様に喜んでもらうサービスを展開できれば、企業としての存在価値が上がるという自負がある。今後も生活に密着した事業で「有りそうで無かった」サービスをいち早く提供して、成長余地を広げていくだろう。
INTERVIEW
腰高 博社長に聞く
今後は都心部に出店攻勢
「室料20円とか、食べ物持ち込み自由なんてサービス始めちゃったらもうからないのではないですか?」とよく言われます。でももうかるんですよ。固定客も増えますし、カラオケに来て食事を頼む人の割合は4割程度。半分しか稼げるチャンスがないなら、全ての人に喜んでもらうサービスにしてしまった方がよいのです。
持ち込み自由にすると、競合店にお客が逃げないという意外なメリットもあります。両手いっぱいに食べ物や飲み物の入った袋を持って店にやって来たお客様が、お店が混雑していて「待ち時間30分です」と言われても、待ってくれるんです。もう食べ物を買ってしまった後なので他の店に行けない(笑)。
我々は居抜きに入ることで出店コストを抑制し、利益を上げてきました。しかし、今後はそうはいかなくなってきています。現在、郊外はほぼ店を出してしまったので、都心部に出店攻勢をかけています。都心部は居抜き物件がほとんどなく、一から作る店が大半なので費用がかさんでいるのは事実です。しかし、これまでの「貯金」もありますので、今は投資時期と割り切っています。
新しいサービスを創出して、都心部でも需要を引っ張ってこられる体力をつける必要もあるでしょう。ワンカラはその典型例です。投資費用が通常のカラオケよりかさむため、それに見合う利益が安定して稼げるようになるまで出店を抑制してきました。ワンカラ英会話などを活用して稼働率を高める工夫を続けたところ、採算の取れる水準まで持っていけそうです。現在の10店舗からさらなる出店も視野に入れています。
独自開発したカラオケシステム「すきっと」も、都心の出店において他店に勝つツールになると思っています。すきっとには、自作の曲をインターネット経由で登録できる機能があります。登録した自作の曲を友人と歌ったり、同窓会で皆が集まり、校歌をカラオケで歌ったりすることもできる。他店と違いを出せます。
シンガポールや韓国に「まねきねこ」を出店するなど、海外展開も進めています。日本式の清潔で明るい接客が売りのカラオケは、海外では斬新でクールに映る。成長の可能性は十分高いと思います。シンガポールを拠点にして、東南アジアに日本のカラオケ文化を広めたいですね。(談)
(日経ビジネス2016年2月8日号より転載)
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