フォードから中国メーカー傘下へ

米中の販売が好調
●地域別の販売台数
米中の販売が好調<br/><span>●地域別の販売台数</span>
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 ボルボの創業は1927年。名門復活のきっかけはチャイナマネーだった。

 商用車を中心とするボルボ・グループは99年、世界的な自動車再編の最中に乗用車部門を米フォード・モーターに売却。しばらくフォードの一部門だったが、リーマンショックでフォードが経営危機に陥り、2010年にボルボを売りに出した。買い手として独ダイムラー、仏ルノーなどの名前が挙がる中、買収したのは中国の浙江吉利控股集団(ジーリー・ホールディング)だった。

 「中国の軍門に下っても未来はない」。そうした不安の声は、すぐに一変した。

 2015年までの5年で110億ドル(当時のレートで約1兆3000億円)を投資する──。買収された年、ボルボは過去最高額となる投資計画を発表した。自己資金に加え、ジーリーからの投資と中国開発銀行からの融資で賄った。

 「ジーリーは我々に、独立企業としての経営の決定権を与えている」。ボルボのホーカン・サムエルソンCEO(最高経営責任者)は、フォードの一部門だった時代との違いをこう強調する。

 潤沢な資金を得て、新工場建設とプラットフォーム(車台)の刷新を断行。投資が実を結び、台数が右上がりで推移し始めた2015年に新世代車の第1弾として投入したのがXC90だ。

 外部から招聘した有名デザイナーによってデザインを刷新。大型車が主流の米国でヒットし、XC90はボルボの新たな主力車種となった。中国でも新工場の建設とジーリーの協力によって販売が急伸している。

 新車攻勢はこれから本格化する。主力の中型車「60」と「40」シリーズは同じプラットフォームで効率化を図り、2018年までに刷新。小型車もプラットフォームをジーリーと共用し、来年以降に新型車を発売する。中国での共同生産も予定する。

 ボルボが掲げる「2020年に80万台」という目標は2010年の2倍以上。中国資本傘下での復活劇を経て、新たな成長のステージに入ろうとしている。

 現地で見た戦略は、ほかの自動車メーカーとは一線を画すものだった。

 本社工場に置かれた、「#001」と書かれた白いXC90。今年9月に完成した試作車の第1号だ。来年から始める自動運転の実証実験で使われる。

 準自動運転の「レベル2」の機能を搭載するXC90にレーザーレーダー、「ブレイン(脳)」と呼ぶ新型ECU(電子制御ユニット)などを追加。完全自動運転に近い性能を持つとみられる。

 実証実験は「ドライブ・ミー」と呼ばれ、スウェーデン運輸管理局やイエーテボリ市と共同で実施する。特徴的なのは、一般市民が参加する点だ。試作車100台を市民に貸し出し、運転者の反応を開発に反映する。英国や中国でも同様の実験を始める。

 「我々は最初からレベル4を目指す」

 実証実験を担当するボルボのマーカス・ロソフ氏はそう断言する。目下、世界中の自動車メーカーが開発を急ぐのは自動運転と手動運転を切り替える「レベル3」。一方、ボルボは一足飛びで完全自動運転を指す「レベル4」を実現させようとしている。

 そこにはボルボの哲学がある。事故時の責任を、レベル2ではドライバーが、レベル4は全てクルマが持つ。一方、レベル3はある条件下での自動運転となり、ドライバーとクルマの責任が曖昧になる。「運転者が迷うようなクルマは作らない」とロソフ氏は言う。

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