「まずいパンを冷凍するからまずいんだ」

 もう1つは、米国の冷凍パン市場の成長ぶりだった。製パン業界に入って10年の節目となる1998年、視察のために渡米した。修業したころと異なり、ハード系の焼成冷凍パンが毎年、前年比を更新しながら市場を拡大していた。出荷先はホテルやレストランだった。

 「冷凍パンなんて3級品」。そう思いつつ、口にして驚いた。おいしい。工場を見せてもらうと、働いていたのはヨーロッパのパン職人。閉鎖的な徒弟制度を避けてやってきたという。材料にはオーガニックの小麦粉と天然酵母を使い、低温長時間熟成製法で製造していた。

 「工場での量産品」というイメージを覆すこだわり具合だった。日本では、オーガニック原料は供給が不安定で仕入れ値も高い。こだわりのパン作りを自負していても手が出ない。

 流通事情は違っても、人件費や原価が安くないのは想像できた。そのコストを需要が上回り、利益が出ている。

 「冷凍するからまずくなるわけじゃない。まずいパンを冷凍するからまずいんだ」。

 経営者にそう聞いた時、決してつながらないように思えた「美味しいパン」と「売れるパン」との間に、一本の橋が架かったような気がした。「全国の飲食店に冷凍パンを販売すればいいのでは」。

 焼き立てという最大の強みを捨てていいのか。冷凍したパンは本当に輝くことができるのか。そんな迷いの中を5年間さまよった後、決意を固めた。2005年、社長に就任。売り上げが伸びない姉妹店を閉店した。2006年には社名を改め、スタイルブレッドを設立した。金融機関から7000万円を借り入れ、冷凍機器を導入し、製造工場も整えた。

 焼成冷凍パンの販売に乗り出したのは4月だった。商品を掲載したカタログを作り、試供品を携えて、リゾートホテルやレストラン、結婚式場に飛び込みで売り込んだ。地元である群馬県のほか、栃木県や茨城県など北関東が中心だった。新潟県にも足を延ばした。

 ところが、まったく売れなかった。「硬くて小さいのに高すぎる」と追い返された。30軒近く回り、4月の売り上げはたったの2万5000円だった。

「ウチは東京の店じゃないから」

 仕切り直しの鍵は断り文句の中に隠れていた。見たことのない形状のパンに、地方の飲食店オーナーは申し合わせたように「ウチは東京の店じゃないから」と言う。ならば、と、5、6月は営業先を東京都内に変更。ホームページを頼りにコース料理の価格が1万円以上のレストラン100軒を選び出し、ホテルの購買担当者やオーナーシェフ宛にダイレクトメールを送った。

 キャッチコピーは「1000円の料理と同じパンでいいですか?」。高級レストランのプライドをくすぐる一文が当たった。反応率は高く、7割もの店から無料サンプルの請求が来た。取引に至った店も30軒に上った。

 客単価の高いフランス料理店やイタリア料理店は年4回、季節ごとにメニューを変えることが多い。秋のメニュー変更のタイミングで一斉に注文が入った。7~8月の月商は共に15万円程度だったが、9月から300万円に跳ね上がった。実績ができ、販路と売り上げは一気に伸びて行った。(後編=3月31日配信に続く)