田中社長は前社長である父のもと、20代前半から働き始めた。米国などでの修業を経て、パン職人としてのスタートだった。

 このOEMをはじめ、ハード系パンには思い入れがあった。ヨーロッパの三ツ星レストランでパンに魅せられて以来だ。発注元であるオーナーシェフに誘われ、視察に出かけたときのことだった。

三ツ星レストランの固くて小さいパン

 “三ツ星のパン”は驚くほど硬かった。店で売っているふわふわの調理パンとは違う。具材もなく、ただ丸いだけの素っ気ない佇まい。お腹が膨れてしまわないよう、料理の脇役に徹した小ぶりなサイズ。かすかな酸味と独特の香り。噛み締めるたびに小麦の風味が増す、奥深い味わい。

 パンが消費される舞台も、日常のテーブルとはかけ離れた魅力があった。素材の味が最も生きるタイミングで火を入れた肉や魚。顔が映るまで磨き上げられた皿やシルバーの食器。サービスの一挙手一投足に気を配り、「楽しんでいるかい?」と自身が一番、楽しそうに話しかけるギャルソンたち。すべてが誇りという光を放ってまぶしかった。もちろん、パンも。

 「あんパンを買う人は、パンじゃなくて餡子が好きなんじゃないか」。

 調理パンへの疑問も抱くなか、三ツ星レストランの食卓を思い返すにつけ、パンそのものを輝かせるような仕事をしたいという思いが強まっていった。しかし、地方の“町のパン屋さん”の現実は厳しかった。

 調理パンを含め、80~100種類のパンを並べる中で、力を入れて作ったフランスパンの売り上げは5%にも満たない。2000年にはハード系パンに特化した姉妹店をオープン。フランスパンだけで4種類をそろえた。ライ麦パンやフランス菓子なども扱ったが、10坪の売り場で年商3500万円程度にしかならなかった。

 おいしいパンを作りたい。持てる時間の全てを注ぐ。利益が出なくても構わない。出来上がるのは売れないパン――。そんな毎日に行き詰まりを感じるようになったとき、思い出したことが2つあった。

OEMを敬遠するパン屋の本音

 1つは、地方でフランス料理店を営むシェフたちの言葉だった。「自分の理想のパンを作ってくれる製パン店が近くにあれば」。

 業務用として流通しているのは給食用のソフトなコッペパンやロールパン、冷凍輸入品ばかり。修業を積んだフランスの店で提供していたものとはかけ離れているという。

 運よくOEMを頼めても1種類が限度。おかわり用に別のパンなど望めない。特注品は生産ラインを乱すため、製パン店が割ける余力は少ない。客数に応じた生産数の増減も難しかった。

 そもそもOEM自体が敬遠されやすい。飲食店の需要は週末や祝日に急増する。製パン店の稼ぎ時と重なり、生産能力を超えてしまう。パンは焼き立てが命。平日に作り置くわけにもいかない。

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