焼き上げた後に冷凍する「焼成冷凍パン」を外食向けに製造・販売し、10期連続で増収を果たした。大手が敬遠するニッチな市場で、6つの“わがままな”需要に応え、これまでにない商品で支持を集める。老舗の製パン店が生み出したビジネスモデルは、職人と経営者、2つの顔を持つ4代目社長の葛藤に支えられている。

 音もなく降り積もった雪でガラス越しの街がまぶしく輝く、札幌はすすきの、ホテルの朝。けやき並木から射し込む日差しが去りゆく夕暮れ、石畳のテラスに並ぶテーブルを縫って、黒服のギャルソンが行き交う表参道のカフェレストラン。珊瑚のかけらを敷き詰めた島では日が沈むと波音がいっそう大きく響き、琉球赤瓦の集落を模したリゾートでディナーの一皿が運ばれてくる――。

 南北3000kmにわたる食卓をつなぐのは、手のひらに乗る小さなパンだ。ちぎるとパリッと音を立てる硬い皮を持つ。いわゆるハード系のパンで、欧米のレストランでよく供される。

 このパンの配送ルートを遡上すると、どのテーブルを起点としても、ある工場にたどり着く。行き先のヒントは、パンに添えられたカード、あるいはメニューが指し示す。

 「風と水 お料理に合わせるパン 桐生酵母」。

バスケットや特注すのこ、陳列用POPなど販促ツールは無料で提供。「ブレッドステージ」と呼ぶ華やかな売り場をホテルのビュッフェなどで演出する。
バスケットや特注すのこ、陳列用POPなど販促ツールは無料で提供。「ブレッドステージ」と呼ぶ華やかな売り場をホテルのビュッフェなどで演出する。

 パンの故郷は群馬県桐生市。赤城おろしを生み出す山々と利根川水系の清流がきらめく盆地の一角にあった。

 工場を経営するのはスタイルブレッド。焼き上げた後に冷凍する「焼成冷凍パン」を製造する。「プティパン」と呼ぶハード系のミニサイズが中心だ。外食向けの業務用に特化し、北海道から沖縄まで国内約400社、店舗数で1000店以上に納入する。2015年には韓国への輸出も開始した。

 取引先は結婚式場やホテル、レストランチェーンが8割を占める。客単価の高い、高級レストランが多い。格付け本『ミシュランガイド東京』に載る店や都内の外資系ホテルも名を連ねる。

会社概要

スタイルブレッド
2006年設立
本社:群馬県桐生市広沢町1-2525-2
資本金:5000万円
社長:田中知
売上高:12億8671万円(2015年8月期)
従業員数:230人
事業内容:焼成冷凍パンの製造と販売

 価格は決して安くない。「プティパン」の場合、1個55~85円。業務用として流通量の多いフランスパンの原価が1切れ当たり25~30円程度に抑えられるのと比べ、2~3倍はする。

 外食業では慢性的な人手不足による人件費の高騰、円安や天候不順による食材価格の上昇など、コスト悪化の要因が絶えない。原価率のさらなる増加は何としても避けたい。

 それでも引き合いは強い。2006年に焼成冷凍パン事業を始めて以降、右肩上がりに売り上げを伸ばした。2015年8月期には年商12億8671万円を達成している。

焼成冷凍パンを外食向けに販売し、10期連続で増収を達成
焼成冷凍パンを外食向けに販売し、10期連続で増収を達成
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 高くても売れるのは、飲食店の求める6つの要素を満たしているからだ。「ストーリー性のある原料や製法で作った」「ハード系パン」で、「種類が豊富」かつ「焼き立て感」もあり、さらには「ロスが少なく」「コスト削減にもなる」――。スタイルブレッドは、こんな“おいしい”条件を兼ね備えたパンを作り出した。

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