消費者の「外食離れ」が続く中、しぶとく業績を伸ばしている。
日本企業ならではのメニュー開発と品質管理に地道に取り組む。
FCオーナーの高齢化などの課題克服には、組織の対応力が問われる。
年の瀬、12月下旬の昼下がり。東京都練馬区の石神井公園駅前にある「モスバーガー」は、遅い昼食を取ったり、コーヒーを飲んで談笑したりする人たちで混雑していた。
「モスは昔から国産の野菜を使っていて、子供にも安心して食べさせられる」。幼稚園に通う子供を連れた母親はこう話す。持ち帰りの商品ができるのを待っていた30代の男性は「小さいころから変わらない味でおいしい。マックより高くても買う」と話す。
モスバーガー1号店が東京・成増に誕生したのは1972年で、今年で45年になる。
これまで消費者は、善かれあしかれ、マクドナルドに対するモスバーガーという視線でハンバーガー店をとらえてきただろう。モスバーガー1号店の前年、銀座から出店したマクドナルドは、主に一等地の大型店、素早い提供、安さ、を特徴にしてきた。対照的にモスフードサービスは、住宅地に近い2等立地や郊外店が多く、創業時は普通の住宅を改造した店もあって小型の店が目立つ。提供に時間がかかっても、注文を受けてから作るスタイルを貫いた。
また米国発のマクドナルドとは対照的に、日本発祥のハンバーガーチェーンとして、国産の野菜を使ったり、日本の消費者に合った独自商品を前面に打ち出してきたりと、特徴を鮮明にしてきた。テリヤキソースを使ったバーガーを販売したのは73年で、マクドナルドよりも早かった。パンの代わりにご飯を使ったライスバーガー、玄米フレークを入れたシェイク、玄米餅のお汁粉などもロングセラーメニューだ。
モスフードは、日本のハンバーガーチェーンとして2位だが、店舗数は約1360店と、首位マクドナルド(約3000店)の半分以下。チェーン全体の売上高は2015年度で1043億円と、マクドナルドの3分の1に満たない。ただし、過去数年は、マクドナルドが「食の安全」問題で苦しんだこともあって、モスフードの堅調が目立つ。
日本マクドナルドホールディングスでは、中国の取引先による鶏肉の偽装問題が2014年に発覚し、2015年度まで2年間、赤字に苦しんだ。対照的に、モスフードは、2015年度に営業利益が2倍以上に増え、2016年度は売上高715億円、営業利益は44億円と、2期連続の増収増益を見込む。営業利益が40億円を超えるのは17年ぶりだ。
売り上げ、利益ともに上向いてきた
●モスフードサービスの業績推移
注:数値は2016年度を除き年度末時点。
値上げしても客離れ抑える
2015年5月、モスフードは定番商品について、約10%の値上げに踏み切った。原材料費や人件費のコスト上昇分を転嫁せざるを得なくなったからだ。
2015年5月に定番商品を約10%値上げ。業績は堅調だ
値上げによって客数が大きく落ち込むリスクがあるが、モスフードのダメージは小さかった。2015年度の既存店の客数は、前年度比2.8%減で踏みとどまり、客単価の上昇によって十分に補うことができ、結果として売上高は7.3%増加。2015年度は増収増益を達成した。
客離れのリスクを遠ざけるため、地道な手を打ってきたことが奏功した。
「定番の商品を上手に調理して、きれいに包むにはどのようなコツがあるのか。そんな勉強会を全国の店で450回以上開催した」と人材開発部教育グループの濱崎真一郎グループリーダーは話す。「勉強会を通じて商品の良さを自分たち自身でそしゃくでき、皆で商品を売っていこうという雰囲気になった」。
2016年度に入り4~9月期も、こうした品質向上の活動などを続けて、既存店ベースの売上高は、前年同期比3.4%増えている。
堅調な一因としては、2015年秋から始めた、地域の特色を出したユニークなメニューもある。例えば、大分・中津と北海道・釧路の空揚げを使ったバーガーを期間限定ながら全国で発売した。いずれも「ご当地グルメ」として空揚げが有名な土地だ。特徴は、FC(フランチャイズチェーン)店の従業員から商品のアイデアを募り、時間をかけて商品化したことだ。
モスフードのビジネスを支えてきたのは、商品面では日本ならではのバーガーであり、店舗戦略ではFCの仕組みである。この2つの意味から新たなメニュー開発は、モスフードの「原点回帰」とも言えるだろう。
櫻田厚会長の叔父で、創業者である故・櫻田慧氏は、地域に根付く個人商店のように出店していくスタイルを目指し、創業当時から直営中心ではなく、FCによる拡大を進めた。
全国約1360店のうち、約8割をFC店が占めている
今でこそマクドナルドもFC中心に切り替えているが、日本進出から長くは、直営モデルが主体で、資金力にものをいわせて、急拡大してきた経緯がある。同社に対してモスフードが一定の存在感を示すには、本部にさほど資金力がなくても、店を増やしやすいFCモデルは、必然でもあった。
1~2店舗を経営するFCオーナーが大半
●モスバーガーのFCの仕組み
●30坪のビルインタイプ店の目安は3480万円
●内訳は内装工事費1260万円、厨房什器770万円、本部への加盟金200万円(税別)、保証金40万円など
●本部へ支払うロイヤルティーと広告宣伝費は、それぞれ売り上げの1%(税別)
●肉やパンなどの食材は本部から購入
●家賃、人件費、水道光熱費はFC店が払う
●家族経営が多い
●1オーナーが持つ店は平均2.5店(約46%が1店保有)
●オーナーの平均年齢は59歳(約49%が60歳以上)
FC店同士が連携し、主体的に活動
●モスバーガーを支える共栄会の仕組み
1980年に発足した、共栄会は全FCオーナーが加入
店舗の担い手確保が重要課題
だが、成長の原動力だったFCの仕組みも曲がり角を迎えている。モスバーガーの店舗数は、1500店を超えていた15年ほど前と比べると減少している。店舗全体の約8割がFC店だが、1990年代には約700人いたFCオーナーは、430人程度まで減った。創業から40年以上がたってオーナーが高齢化する一方、新たな担い手が減っている。オーナーの減少ほどに店舗数が減っていないのは、1人のオーナーが複数店を経営するようになったからだ。
創業時からモスバーガーは、1人のオーナーが1店舗を持つ、いわゆる家族経営で店舗数を増やしてきたが、最近では、1オーナーが持つ平均店舗数は2.5店。ほかの外食のFCを手掛ける企業が、モスバーガーも経営するケースも増えている。
オーナー数が急速に減少、店舗数は1400を下回る
●モスバーガーの国内店舗数とFCオーナー数
それでも、複数店経営だけでは、チェーンの維持・発展には限界がみえてくる。このため2004年、後継者の研修を始めた。世代交代がうまく進むように、本人のやる気や覚悟を本部が確認するなど、制度を進化させている。
オーナーの減少に対応するため、社員の独立支援も強化し始めた。2016年10月からは、社員が独立する際の「祝い金」の対象を、グループ会社の社員にも広げて、勤続3年以上で150万円を支給するといった仕組みを導入した。
今後5年間で30人の社員独立オーナーを誕生させたいという。
「店の現場が好きな私には、独立は魅力的なキャリア」。2014年に社員からFCオーナーになった安部晋一郎氏は語る。安部氏は新卒でモスフードに入社し、直営店の店長など店舗業務を経験してから、FC店を指導する営業担当を経て、独立した。
安部氏が独立して持った2店は、既に軌道に乗っていた実質的な直営店。こうした店舗を譲渡していくやり方が、ゼロから立ち上げるよりもリスクが少ないとモスフードではみている。
加盟店「互助組織」も再定義
モスフードの事業モデルが続いてきたのには、FCオーナーで作る「共栄会」という組織の存在が大きい。共栄会は、近隣のオーナー同士が、店舗運営や経営について情報交換するため、自然発生的に生まれた。一部コンビニチェーンなど、FC企業では、本部を抜きにしてオーナー同士が情報を交換することを好まない傾向がある。オーナーがあたかも労働組合のように結束すると、本部の方針を拒否する対抗勢力となったり、チェーン統制が取れなくなったりする可能性があると危惧するからだ。
だがモスフードでは、創業者・櫻田慧氏が、FCの自発的な活動を認め、1980年に全オーナーが加入する全国組織として共栄会を発足させた経緯がある。
こうした共栄会も、長い時間の経過で制度疲労を起こしている面があり、「再定義」を迫られた。きっかけは中村栄輔社長が営業本部長だった2013年。共栄会の存在意義について、本部の経営陣と共栄会の幹部で、徹底的に議論した。「共栄会ができて40年近くが経過し、ただただ運営を続けている組織になっていないか。問い直したかった」と中村社長は話す。
議論を経て、本部とFCオーナーが目指しているのは「良い店を作る」ことであり、そのために共栄会は必要と確認し合った。「良い店を作るためには、共栄会が自主的に考える姿勢が必要だと改めて気付いた」と共栄会の幹部である小泉則彦オーナーは話す。
その後、共栄会には自主的な活動を考える委員会が発足。スタッフの教育研修や商品とサービスの質を高める「HDC教育委員会」と、販売促進の施策を考える「キャンペーン推進委員会」だ。委員会は本部と密に連携して、必要なサポートを受ける。前述の2015年以降に進めて、値上げ後の売り上げを下支えしてきた店舗の施策の多くは、こうした委員会活動の成果でもある。
FC店の協力を得て売り上げを維持
●モスバーガー既存店の業績推移
新たな業態開発が急務
ハンバーガー以外に有望な業態を開発することは、モスフードに長年求められてきた課題だ。ハンバーガーだけでは、企業として成長に限界があるという理由に加えて、FCオーナーにとっても、新たな収益源があれば、安心して経営ができる。かつてはラーメン店「ちりめん亭」を展開した後、売却するなど、試行錯誤を続けてきた。
現在、FC展開に向けて、力を入れているのが、紅茶を主体にした喫茶店「マザーリーフ」や「マザーリーフティースタイル」だ。マザーリーフは10年以上前に開発されたが、ワッフルなどのメニューに特徴を持たせたり、セルフサービスを取り入れたりと、FCで多店舗展開しやすくなるようなフォーマットの確立を進めている。
ハンバーガー以外のFC事業を育てる
●モスフードが開発した新業態
紅茶の店の「マザーリーフ」(上)や「マザーリーフティースタイル」。FC展開の第2の柱として力を注いでいる
モスフードは、2016年2月に2016~18年度の中期経営計画を発表した。18年度の連結売上高は739億円、営業利益は38億円の目標。売上高は2015年度の実績に対して3年間で4%程度の手堅い成長を見込む。モスバーガーの既存店では、売上高を毎年1%ずつ増やしていく目標だ。「“ひずみ”を生まないで着実に成長していく」と中村社長は説明する。
既存店の客数を増やすために、店舗を積極的に改装していく方針も打ち出している。本部の支援はあるものの、FCオーナーの投資が必要になるため、改装後に確実に売り上げを高められるモデルが求められる。
わずか10平方メートル程度の小型店から始まり、日本発祥のハンバーガーチェーンとして成長したモスバーガー。
ハンバーガー業界は米シェイクシャックが、2015年に日本に店を開くなど、高級バーガー店も多数攻勢をかけており、乱戦模様だ。目新しさはなくても、自らの強みを見つめ直して、安心感をアピールするモスフードの戦略に、歴史のある「ローカルチェーン」の自信が見える。
INTERVIEW
モスフードサービス 中村栄輔社長に聞く
素早い変化対応には、FCとの信頼関係不可欠
ビジネスでは、他社と競争するために重要な要素として、製品、価格、場所、人、プロモーション──の5つがあると言われます。モスバーガーの場合は、それに加えて、FC(フランチャイズチェーン)の仕組みがあり、FCオーナー同士からなる共栄会が大きな役割を担っています。
ただ、時代とともにオーナーの高齢化という問題が出てきました。そこで2004年から、我々本部がオーナーの子供など、後継者を育成するための研修を行うという支援を始めました。
実は当時、私は後継者の育成には、反対でした。FCの仕組みでは、どんな人と契約するか、本部は選ぶ権利を持っていますが、育成することが本部の役割なのだろうかと考えたからです。時間も労力もかかってしまいます。
しかし、研修の最後に、後継者たちが現オーナーや本部の役員の前で、決意表明する様子を見て、考えが変わりました。企業の理念や価値観の共有を重視してきた我々のチェーンならば、こうした後継者育成はあり得ると、思ったのです。
ところが、当初の研修は経営者として必要になる「自立」を促すものではなく、年数がたつと、受講者の一部には本部に頼るような人も出てきてしまいました。厳しい審査を経てゼロから開業した初代のオーナーに比べると、後継者には既に店があり、失敗するリスクが低いからでしょうか。
そこで営業本部長だった私は、2015年から研修に至るプロセスを見直しました。
「なぜオーナーになりたいのか」「競争の激しい外食業界でやっていく覚悟が本当にあるのか」。この問いかけに対する思いを本人に書いてもらい、地域の営業責任者らの推薦や承認を経てから、研修に参加させるようにしました。結果、高いレベルの研修ができるようになりました。
FCオーナーの後継者を育成する研修風景。参加者は自分の「覚悟」を本部に表明してから研修に臨む(写真=陶山 勉)
FCシステムは、強みもあれば弱みもあります。経営が厳しい局面では、本部とFC店が“対立”するようなこともあるでしょう。FCでは直営店に対するような指示命令はできず、オーナーへの説明や説得など、労力がかかります。
しかし、世の中の変化に対応するためには、そこに時間をかけてはいられません。日ごろから本部とFC店との間に、信頼関係があれば、戦略を迅速に進めることができ、堅実な成長につながるのです。
当然、本部の責任は重くなりますが、FCがお客様を向いて、良い店を作ることに集中できるように全力でサポートする。それが本部のあり方だと思います。(談)
(日経ビジネス2017年1月16日号より転載)
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