元ボクサーが製造業に挑戦

 技術力の高さにあぐらをかかず、サービスにも磨きをかけ続けていることがJMCの成長の原動力となっている。背景には渡邊社長の異色の経歴が影響している。

前職はプロボクサーだったという渡邊大知社長。自動車部品(上)の受注が好調だ(写真=2点:的野 弘路)
前職はプロボクサーだったという渡邊大知社長。自動車部品(上)の受注が好調だ(写真=2点:的野 弘路)
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 渡邊社長は高校を卒業後、ボクシングジムに入門し、19歳でプロデビューを果たした。だが、戦績は2勝6敗1分けと振るわず、24歳で引退を迫られる。その後は父親が経営する保険代理店で営業に回る日々を過ごす。

 転機は引退の約1年後に訪れた。顧客が運営する工場で3Dプリンターを目にしたのだ。時は1999年。まだその存在すらほとんど認知されていなかったが、渡邊社長は「これを使えば新しい仕事ができるのではないか」と考え、これまで全く経験したことのない製造業の世界に飛び込んだ。

 驚いたのが、中小企業の顧客対応の悪さだ。「電話に出ず、メールも見ない。営業担当が不在のまま待たされることも珍しくなく、仕様が決まるまで動かない」。製造業についてはずぶの素人だったがゆえに、こうした「業界の常識」にはとらわれなかった。対応の悪い中小企業を反面教師にしてサービスを強化する方針を固めた。様々な企業から声がかかるようになるのに時間はかからなかった。

 3Dプリンターで作ることができる試作品はプラスチック製品が中心だ。事業が軌道に乗り始めた2000年代半ばになると、金属の試作品を作ってほしいという依頼も増えてきた。そこで2006年に鋳造を手掛ける企業を買収。アルミニウムなど加工が難しい金属の試作品にも対応できるようになった。現在、自動車向け部品を中心に受注を増やしている。

 好調な業績を背景に、JMCは大勝負に打って出た。今年6月、長野県飯田市に東京ドーム約半分に相当する総面積約2万平方メートルの用地を取得。ここに新工場を設立する計画だ。資金を賄うため、11月29日には東証マザーズへの上場も果たした。

 「これまでも転んでは立ち上がってきた。とにかく会社を大きくして、日本のモノ作りの力を改めて世界に示したい」と渡邊社長は意気込む。ボクシングの世界では挫折を味わったが、製造業のリングでは王者になれるか。ゴングは鳴ったばかりだ。

(日経ビジネス2016年12月12日号 より転載)