飲食店などのサービス業向けに動画を活用した教育システムを開発。その場でタブレットで確認できるようにすることで、新人などの効率的な育成を可能にした。
動画で作業のコツを学ぶ
調理や接客など作業別に数十秒程度の動画を作成。新人スタッフが視聴して作業のコツを学ぶ(吉野家での動画製作光景)(写真=新関 雅士)
飲食店などのサービス業では、本部と現場の間のコミュニケーションが「伝言ゲーム」になってしまいがちだ。
例えば外食チェーンでは、メニューの内容や調理手順などの情報がまず商品開発部門から店舗を運営する営業部門に伝えられる。その上で、複数の店舗を管理するSV(スーパーバイザー)→店長→アルバイトのリーダー→末端のアルバイトへと伝達されるといった具合だ。
店舗で肉と野菜をどう盛り付けるかだけで料理の見栄えが変わり、それが商品の魅力を大きく左右する。ただ、写真や言葉だけでニュアンスを正確に伝えるのは難しい。実際の作業が本部が意図する通りに進められているかどうかは、SVが店舗を巡回して確認するくらいしか手段がないのが現実だ。
店舗の数が増えても、商品やサービスを一定以上の品質で提供できることがチェーン展開の強み。情報が伝わりにくくなってしまえば、チェーン展開は弱点になってしまう。
こうした課題の解決に挑むのが、ジェネックスソリューションズ(東京都港区)だ。同社は動画を活用する教育システム「ClipLine(クリップライン)」を開発し、外食チェーンなどサービス業向けに提供している。
小売りや金融機関でも導入
クリップラインを導入した外食チェーンでは、調理から接客までのそれぞれの作業について、数十秒の「手本」を撮影する。現場のスタッフは勤務中の空いている時間を使い、専用アプリケーションが入ったタブレットで動画を視聴。作業手順を覚えたら、タブレットのカメラで自らの作業を撮影してもらい、手本と同じようにできているかをその場で確認できる。
撮影した動画を本部に送ってSVなどが確認すれば、店舗の巡回を増やさなくても指示を徹底できる。高橋勇人社長は「動画を見れば、習熟度に問題があるスタッフが目立つ店舗が分かり、集中的に指導することもできる」と導入のメリットを強調する。
クリップラインは1店舗当たり月額1万円から利用可能。結婚式場などのサービス業、カー用品店などの小売業、金融機関など20社以上、1884店舗(2016年9月末)で導入されている。
そのうちの一社が吉野家ホールディングス傘下の吉野家だ。2000本の動画を製作し、店に配備されたタブレットと専用アプリを使って新人などに作業のコツを学ばせている。「店長が新人に張り付いて作業を教える負担を軽減できた」(吉野家)という。
多言語対応もクリップラインの特徴だ。今年8月から、英語や中国語、ベトナム語、ネパール語、ミャンマー語に対応した動画も用意している。
作業手順だけでなく、例えばなぜおしぼりを提供するのかといった、日本独特の「常識」も動画コンテンツとして用意している。日本語がそれほど堪能ではない外国人アルバイトにも作業を教えやすくして、導入企業の人材確保を手助けすることが狙いだ。
金融機関など活用する業界も増加
●教育システム「ClipLine」の導入店舗数
スタッフ同士で「いいね!」も
動画を通じてスタッフ同士がコミュニケーションできる機能もある。各スタッフの動画をほかのスタッフが閲覧して、コメントを加えたり、「いいね!」ボタンを押すことで応援の気持ちを伝えられるようになっている。
「飲食店の現場では1年間でスタッフの半分が入れ替わる」(高橋社長)というほど、外食業界のアルバイトの入れ替わりは激しい。新人アルバイトが職場に溶け込むことができないと感じ、すぐに辞めてしまうことがその理由の一つ。
ほかのスタッフが動画を見て感想を伝えてくれれば仲間意識が芽生え、離職率を抑える効果が期待できる。
ある顧客企業で、クリップラインの導入の有無で新人アルバイトの3カ月以内の離職率を比較した。結果は、未導入の店舗では採用1580人のうち退職565人で離職率36%だったのに対し、導入した店舗では採用668人のうち退職は64人。離職率は10%を切り、大幅に定着率が改善した。
新人アルバイトが定着すれば、求人費用や教育の手間も省ける。「ベテランは新人の2~3倍の生産性がある」(高橋社長)ため、収益にも貢献する。
またある金融機関では、保険販売の教育のために一部の店舗にクリップラインを導入した。未導入の店舗に比べ、医療保険の成約数が約9倍になったという。集合研修よりも当事者意識が高まり、動画を使うことで商談の勘所もつかみやすかったためだ。
「ClipLine」のアプリケーションが搭載されたタブレットを手に持つ高橋勇人社長
高橋社長はコンサルタントとして、あきんどスシローやダイヤモンドダイニングを指導した経験を持つ。クリップラインを考案したきっかけは、外食を含むサービス業の弱点に気付いたためだという。
製造業の場合、製品が規格通りかどうか検査をする工程がある。一方、臨機応変に対応せざるを得ないサービス業では、規定通りに商品やサービスが提供されているかを本部が確認することが難しい。そうした状況を変えたいという問題意識を持っていた頃、タブレットが普及したこともあって2013年に起業。2014年10月からクリップラインの提供を始めた。
外食産業での経験から生まれたクリップラインが普及すれば、第3次産業全体の生産性を高められる。高橋社長はそう確信している。
(日経ビジネス2016年10月31日号より転載)
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