介護も革新、ソニーの金融事業
ソニーフィナンシャルホールディングス|金融持ち株会社
傘下のソニー生命を中心に損保や銀行事業が成長を続け、2014年度に最高益を達成。エレキ事業の不振が続いたソニーグループで、金融事業は突出した利益を稼ぐ屋台骨となった。古い業界慣習に風穴を開ける独自のビジネスモデルで、後発ながら事業拡大を続ける。
10月上旬の昼下がり。横浜市の介護付き有料老人ホームで、カラオケ大会が始まった。塗り絵や習字など、ほぼ毎日のようにイベントがあるこの施設でも、カラオケは最も人気があり、ほぼ全員が参加する。「小さい秋みつけた」などの童謡から、「上を向いて歩こう」といった昭和の懐メロまで次々に曲が流れていく。車椅子の入居者たちは思い思いに口ずさんだり、体を揺らしてリズムを取る。
ここは、田園都市線の藤が丘駅から徒歩1分の場所にある老人ホーム「ぴあはーと藤が丘」だ。全32室と小規模ながら、懇切丁寧な介護サービスが売り。ランキング調査では常に上位に食い込む人気の施設となっている。
ぴあはーと藤が丘で行われていたカラオケ大会の様子(写真=陶山 勉)
入り口から施設内のどこにも「ソニー」の文字やロゴはない。だが、この施設を運営するのはソニーグループの介護事業会社。正確には、ソニーが60%出資する金融持ち株会社ソニーフィナンシャルホールディングス(ソニーFH)の傘下企業である。
「ソニーらしい介護」が売り
ソニーFHがぴあはーと藤が丘を買収し、介護事業へ本格参入したのは2013年。「電機メーカーのソニーグループから買収を打診され驚いたが、ソニーFHの幹部などと話をし理念が一致したのでグループ入りを決めた」。ぴあはーと藤が丘の創設者であり、現在はソニー・ライフケア傘下企業であるライフケアデザインで取締役を務める岡﨑公一郎氏はこう振り返る。
ぴあはーと藤が丘は懇切丁寧な介護サービスで定評がある(写真=陶山 勉)
ぴあはーと買収後は2015年5月、老人ホームなどを運営する、ゆうあいホールディングスへも資本参加(発行済み株式の14.5%を取得)。2016年4月には、介護事業を統括するソニー・ライフケアグループとしては初めて新設する介護付き有料老人ホーム「ソナーレ祖師ケ谷大蔵」を、東京都世田谷区にオープンする予定だ。
買収して運営を続けるぴあはーと藤が丘での事業経験などを踏まえ、「ソニーらしい高品質と安心感を感じてもらえる老人ホームとして、ソナーレを売り込む」とソニー・ライフケアの出井学社長は話す。
2016年4月にオープンする介護付き有料老人ホーム「ソナーレ祖師ケ谷大蔵」
ソニーFHは、ソニー・ライフケアを中心とした介護事業を、ソニー生命保険の生保事業、ソニー損害保険の損保事業、ソニー銀行の銀行事業に続く、「ソニーFHの第4の柱」と位置付けている。具体的な収益計画は明らかにしていないが、10~15年程度の時間をかけ、まずは銀行事業に匹敵する規模に育てる腹積もりのようだ。グループで運営する施設を増やすだけでなく、介護事業者の買収も駆使し、同事業の強化を急ぐ。
それにしてもなぜソニーが老人ホーム経営に乗り出したのか。それを理解するためには、まず生命保険から始まった、ソニーグループの34年間にわたる金融事業の歴史を知る必要がある。
ソニーの新分野開拓の集大成
言うまでもなく、ソニーの祖業は、ポータブルラジオやウォークマンなど一世を風靡したエレクトロニクス事業。が、ソニー創業者の一人である盛田昭夫氏は、信用力や事業ポートフォリオを強化するには金融分野へ進出する必要があると考えていた。実際、1950年代後半には「グループでいつかは金融機関を持ちたい」と盛田氏が夢を周囲に語り始めたと言われている。
その長きにわたる構想が実現したのが1981年。米保険大手プルデンシャル生命保険との合弁でソニー・プルデンシャル生命保険(現ソニー生命)を設立し、営業を開始した。そして99年には生保に続き損害保険に参入。2001年には、インターネット専業銀行として銀行業へ参入した。
盛田昭夫氏の夢が始まりだった
●ソニーの金融事業の歴史
(写真=Fujifotos/アフロ)
100%子会社の生保や損保、銀行の3事業はいずれも堅調に成長。2014年度のソニーFHの連結決算は、経常収益が1兆3523億円で経常利益が900億円と、いずれも過去最高の業績を記録した。ソニーグループの各事業と比較しても、利益額は突出する存在だ。
介護事業は、こうした新分野開拓で培ってきた「勝利の方程式」が結集されている。一言で言えば、既存事業者ではできない古い慣習の打破だ。
例えば生保は、富裕層を中心に受け入れられ、今や保有契約高は国内5位の40兆円規模(2014年度末時点)に達している。後発だったにもかかわらず大手の一角に食い込めたのは、国内の保険業界で当たり前と考えられていた慣習を完全に否定したからだ。
その代表例が、他社とは全く異なる販売手法。メニュー化された汎用的な保険商品を女性販売員を中心に営業する体制だったのが既存の国内生保企業。ソニー生命はこれと一線を画し、「ライフプランナー」と呼ぶ男性の保険コンサルタントを育成したのだ。さらに、汎用的な保険を売るのではなく、顧客の家族構成や人生計画などをコンサルしながら顧客ごとに保険商品を設計して販売する斬新なスタイルで参入した。
損保事業や銀行事業も同様だ。損保では、対面販売ではなく通販型をあえて主力とし、ダイレクト自動車保険分野で、2014年度まで13年連続で売上高1位を記録(ソニー損保調べ)。銀行事業でも、ネット銀行ならではの低コストを前面に出し、実勢に近いレートで柔軟に外貨取引ができるサービスなど既存の銀行が提供していない独自の金融商品を次々と打ち出してきた。
勝利の方程式が生きる分野
こうして生保、損保、銀行と、既存事業者の旧態依然とした部分を突くことで新境地を切り開いてきたソニーFHが、第4の新天地として白羽の矢を立てたのが、金融分野以上に古い価値観と慣習が支配する介護事業だった。
きっかけは、ソニー生命のライフプランナーが、「いい介護事業者を紹介してほしい」などと顧客から相談を受ける機会がここ数年、急増してきたこと。それだけ利用者を満足させる既存事業者が少ない証拠だと判断したソニーFHは早速、市場調査や人材育成などを開始。「徹底的な顧客視点など、既存の介護サービスにない価値を提供していくためのノウハウを蓄積してきた」(ソニー・ライフケアの出井社長)。
例えば、祖師ケ谷大蔵の新しい介護施設にはケアマネージャーだけでなく、「ライフマネージャー」と呼ぶ役職の人材を配置する計画。既存の介護施設にはいない、ライフプランを考える専任人材を置くことで、より充実した老人ホーム生活を入居者に送ってもらうのが狙いだ。
「金融の3事業と介護は一見、異分野に映るかもしれないが、いずれも『人間の半生をサポートする』という当社の経営方針に明確に当てはまるビジネス」とソニーFHの井原勝美社長は説明する。
ソニーFHは今、さらに競争力を強化すべく2つの施策に取り組んでいる。一つは、生保、損保、銀行、介護のそれぞれで一層、既成概念を打破するサービスを投入し続けることだ。
損保事業では、専用のドライブレコーダーを使い、安全運転をする契約者にはキャッシュバックをする斬新な自動車保険を2015年2月に発売した。「日本で初めての運転特性リスク細分型の損害保険として、話題性は強く、引き合いも増えている」と、ソニー損保の丹羽淳雄社長は自信を見せる。
一方、看板商品となった外貨取引や、ネットと対面式を組み合わせた住宅ローンなど、国内初のサービスで評価を高めてきた銀行事業も、「既存の銀行がやらない商品開発で顧客層をさらに広げる」(ソニー銀行の伊藤裕社長)。
顧客の要望に応じソニーグループの金融サービスを紹介
●生保事業を中核に金融分野のシナジーを強化する
注:ソニー不動産はソニーFH傘下ではなく、ソニー本体の子会社
生保を中心にシナジー追求
ソニーFH内での事業間連携が、2つ目の施策だ。成長を続けるソニーFHグループの事業別の収益構造を見ると、生保事業がソニーFHの売上高の9割を占める。これまでは個別に事業強化をしてきたが、今後は、優良顧客を多数抱え、強力な販売チャネルとなっている生保事業のライフプランナーを、損保や銀行などの他事業の販路として戦略的に活用していく。
生保事業が経常収益の9割を占める
●ソニーFHの経常収益の構成比(2014年度)
そのために、現在は4300人程度のソニー生命のライフプランナーを2017年度までに4600人超に増加させる。採用と育成スピードを加速させ、現状は年100人増のペースを今後、年150~200人増くらいまでに上げる。そして、ソニー生命の拠点がまだない県にも支社を置くなど、グループの中核となる生保事業の営業基盤を強化する。
「ライフプランナーに寄せられる相談は、生命保険だけにとどまらず、自動車保険の見直し、住宅ローン、外貨運用のアドバイスなど、幅広くなっている。これら金融商品の相談をワンストップでできるライフプランナーは、ソニーFHグループの大きな武器になる」(ソニー生命の萩本友男社長)。萩本社長は2017年度の先も見据えており、早期にライフプランナーを6000人態勢とする意欲を持つ。
さらに、ソニーFHの金融事業とシナジーを見込める新たな事業が、ソニー本体の子会社として誕生した。それが、2014年8月に営業を開始し、話題となったソニー不動産だ。
「既存の業界慣習にとらわれず、顧客に新しい価値や選択肢を提供するためにソニー不動産を立ち上げた。ソニー生命などと理念は同じなので、ぜひ連携させてください」。2014年春、東京・青山一丁目にあるソニーFH本社の社長室で、ソニー不動産の西山和良社長は熱弁を振るった。
この西山社長の提案を契機に、ソニー生命のライフプランナーへ寄せられた不動産関連の相談を、ソニー不動産へ取り次ぐ施策も一部エリアで実験的に開始。「家をうまく売れず困っていた顧客を、ソニー生命がソニー不動産に紹介し、売却に成功した実績も出始めた」(ソニー不動産の西山社長)。「人の半生を金融面でカバーする」というソニーFHの事業ポートフォリオに、不動産も着実に加わりつつある。
金融部門に残ったDNA
今やソニーの平井一夫・社長兼CEO(最高経営責任者)も「エレキと並び、エンターテインメントや金融もソニーグループの本業」と断言するようになった。「生保のライフプランナーは、ソニーの看板を背負って直接、顧客に接することができる貴重な存在。金融事業は利益面での貢献だけではなく、ブランド力の向上で他の事業とのシナジーが大きい」と平井社長は話す。
近年は、一般消費者に驚きを与えるヒット商品を生み出せず低迷し続けたソニー。エレキ事業の相次ぐリストラで業績は回復しているが、新たな成長の柱は映画や音楽、イメージセンサーといった“黒子的事業”が中心だ。
「顧客の声に耳を傾ける力」と「既存の慣習を突き破る力」により、斬新な金融商品を生み出し、顧客の評価を得ているソニーFHは、今のソニーグループの中では独特な存在。革新性のある商品で一般消費者を魅了するという「創業時のソニーのDNA」を最も色濃く引き継いでいるのは、実はソニーFHなのかもしれない。
【INTERVIEW】
井原勝美ソニーフィナンシャルホールディングス社長に聞く
国内生命保険は成長市場
まず生保市場に参入して約35年かけ、損保、銀行と業容を広げてきた。名だたる大手企業がひしめく金融業界で後発参入でも戦えるように、“小粒でもぴりりと辛い”特徴あるビジネスモデルを作り続けてきた。それが顧客から支持されたからこそ、今のソニーFHの姿がある。
第4の柱とする介護事業は、グループの事業ボリュームからするとまだ小さい。が、小さく生んで、大きく育てるべき期待の事業だと考えている。
最近、大手国内生保が海外の生保会社を買収する動きが加速している。これを見て「やはり国内生保市場は成熟していて、少子高齢化だからもう海外で成長するしかないんだろう」と思われているに違いない。だが我々は、国内生保市場は成熟しているとは考えておらず、まだ伸びる成長市場だと考えている。
実際、この10年間の様々なデータを見ても、個人が契約している保険数は増えており、保険料収入も増えている。
保険分野は、技術の進化や世の中の変化に合わせて、新しい商品を作って提供していける業界。例えば、がん保険では、新しい治療方法が次々に出てきて、そのような高度な治療に対応した保険が新たに必要になり、これまでにない市場が生まれる。
働く女性が増えれば、従来の女性向け保険とは異なる保険商品も必要になるだろう。このように、変化を捉えて顧客ニーズを顕在化させるような商品開発をしていけば、まだ国内の保険市場は大きくなる。
海外市場への進出については否定するものではなく、長期的な視野で考えている。市場環境や規制などが国ごとに異なり、買収などで拙速に海外進出をしても、現在のソニーFHの人員リソースではマネジメントしきれるとは思えないからだ。今は、海外の保険会社に研修のため幹部を送り込むなど、時間をかけて海外事業を担当できる人材を育てている段階だ。
基本的には、主力の生保を中心に事業を強化していく方針に変わりはないが、ソニーグループらしく、常に新しい分野への挑戦はやめない。ソニーFHの経営リソースや経験を生かせるような新しい事業ができると考えたら、斬新なビジネスモデルとサービス品質を武器に、躊躇なく参入していくつもりだ。IT(情報技術)の新しいテクノロジーもいち早く取り込んでいく。(談)
(日経ビジネス2015年11月2日号より転載)
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