外食チェーンが軒並み業績悪化となる中で、急成長を続ける「築地銀だこ」のホットランド。割高でも売れるのは、原材料から焼き方、売り方まですべて「自前主義」を貫いているからだ。独自のスタイルをたい焼きなどにも横展開して、収益アップを目指す。


埼玉県富士見市に4月にオープンしたばかりの大型ショッピングセンター「ららぽーと富士見」は、週末ともなると、多くの客でごった返す。とりわけ昼時には、レストランやフードコートには長蛇の列ができる。
中でもひときわ長い行列ができるのが「築地銀だこ」だ。国内外を合わせると店舗数は400店以上。当然、たこ焼きチェーンとして世界一の規模を誇る。
客は皆、たこ焼きを焼く店員の姿をガラス越しに眺めながら、長いときは1時間近くも待つ。他のレストランと異なるのは午後3時過ぎても行列が途切れないこと。埼玉県さいたま市から父親と来たという小学3年生の小林圭太君は「お昼ご飯は食べたけど、歩き回ったのでお腹が空いた」と、たこ焼きを買いに来た理由を話す。家で留守番をしている母親の分も、お土産に買っていくそうだ。
昼食だけでなく、おやつやお土産としても買い求める人がいるのがたこ焼きの強さだ。時間帯によって購入理由は異なるものの、買うのは同じたこ焼き。運営会社のホットランドを創業した佐瀬守男社長は「客層も広く、売れるシーンが長い」と、たこ焼き一本で勝負できる理由をこう語る。
現在、外食チェーン店を取り巻く環境は厳しい。消費増税に、円安に伴う原材料費の高騰が直撃。人手不足に伴う人件費の上昇も収益を圧迫している。デフレ下でも業績を伸ばしてきた牛丼チェーンやマクドナルドでさえも不振に陥っている。にもかかわらず、ホットランドは2014年度の売上高が前年度に比べて33%増、営業利益187%増と快進撃を続けている。今や売上高273億円、営業利益17億円を稼ぐまでに成長した。昨年9月には東証マザーズに上場も果たしている。
1個80円でも売れるたこ焼き
一般的に、単品ビジネスはリスクが多い。はやり廃りの影響が業績に直結するからだ。好調なときでも、物まねや二番煎じが大量に出回るだけに一層の差別化が求められる。
それでもあえて、ホットランドが単品にこだわるのは、他を寄せ付けない自信があるからだ。現在、銀だこのたこ焼きは1皿8個入りで税込み550円。チーズ明太子やネギなどのトッピングを付けると650円になる。原材料の高騰などで何度か値上げした結果、たこ焼き1個当たりおよそ70~80円と、かなり割高な価格設定となっている。
それでも売れるのは、品質に定評があるからだ。ホットランドでは原材料の調達・加工からたこ焼き機の製造、そしてたこ焼きを焼く職人の育成まで、一貫して自前主義を貫いている。同社ではこれを「銀だこスタイル」と呼んでおり、高品質のたこ焼きを提供する仕組みとして確立している。
例えば、たこ焼きの食感。築地銀だこのたこ焼きは、外側はパリッと、内側がトロッとしている。この食感を実現するために、25分かけてじっくり火を入れ、最後には鉄板に油を差す。北京ダックの皮をパリッと仕上げるやり方にヒントを得た。
たこ焼きの焼き型は、南部鉄でできており、円形の型の内側には細かい凹凸が付いている。この凹凸があるおかげで、油は焼き型の底にたまりにくくなり、たこ焼きの表面に均一に油が行き渡る。油でこんがり揚げたような、パリッとした食感をどの店舗でも提供できるのは、自社で開発したオリジナルのたこ焼き機があるからだ。
人材育成にも抜かりはない。千枚通しと呼ばれる返し棒を使ってたこ焼きをひっくり返すタイミングも、すべて本社(東京都中央区)の7階にある「銀心研修センター」で叩き込まれる。店舗ごとにスタッフを採用しても、焼き方だけは本社で教える。焼く人によって味にブレが出ないようにするためだ。
川上から川下まで自分たちのやり方を貫くことで、誰もまねできないたこ焼きを作る──。これこそが、銀だこスタイルの本質と言える。
日本の輸入量の1割を占める
中でも、原料のタコに対するこだわりはすさまじい。築地銀だこでたこ焼き1個当たりに使われるタコは、重さ7gと決まっている。この重さがないと、歯ごたえのある食感が維持されないのだという。
ホットランドは2011年まで、タコの調達を商社任せにしていた。しかし、為替や需給環境によって調達量や価格は変動する。そのたびに利益が変動してしまうようでは、経営に影響が出るうえ、1皿550円という販売価格を維持することも難しくなる。
安定的に利益を出すためには川上をしっかり押さえたい。だが、タコを日常的に食べる国はもともと少ない。アジアでは日本と韓国、そして欧州では、地中海に面している数カ国くらいだ。世界的に需要が少なかったゆえに、供給ルートがこれまで開拓されてこなかったのだ。
加えて日本はタコの輸入のほとんどをアフリカに依存している。欧州市場の買い付け先でもあるだけに価格が高騰気味で、日本勢は買い負けることも少なくなかった。乱獲の影響で、近年は漁獲高も減少傾向にある。
ホットランドが仕入れるタコは年間で2000トン以上。店舗数の増加に伴い、日本の輸入量に占める割合は5~6%にまで上昇した。こうした要因が重なり、タコの調達は年々難しくなっていた。
これ以上値上げが続けば、顧客の支持が得られなくなる。そこでホットランドはアジアや中南米に出向き、新たな調達ルートを5カ所開拓した。ペルーのように、地元の漁民にタコ壷を使ったタコの捕り方を指導し、調達にこぎ着けたケースもあった。「たこ焼きだけで勝負すると決めたからこそ、とことんタコにはこだわる必要があった」(佐瀬社長)のだ。
将来を見据え、世界でまだ誰も成功していない陸上での真ダコの完全養殖にも挑戦している。2013年4月より年間約2000万円を投じ、宮城県石巻市の石巻水産研究所で宮城大学、東海大学、東北大学、石巻養殖業者と合同で研究を進めている。このプロジェクトは、国からの補助金も得ている。
卵からふ化した稚ダコは体長2cmに成長するまでの2~3カ月間、水中に浮遊した状態で生活する。2cmを超えると着底生活に移行し始め、親と同じ貝類や甲殻類などを捕食して生活するようになる。脚の吸盤数が20個になったときが、移行の目安だという。
真ダコはふ化してから着底生活に入るまでの過程がまだ完全に解明されておらず、完全養殖を成功させる上での最大のハードルとなっている。現在、石巻水産研究所では餌や塩分濃度、水温などの諸条件を変えて、タコが育つ最適環境の解明に努めている。
サントリーと組んで需要喚起
既に、体長6mm、吸盤数10にまでタコを育てることに成功、数年以内に完全養殖技術を確立させることを目指している。「完全養殖に成功して特許を取得できれば、生のタコをブランド化して販売するなど、ビジネスの幅も広がる」と、石巻水産研究所の松原圭史所長は目を輝かせる。
3月には、熊本県上天草市の漁協と提携する形で、新たな養殖研究拠点を確保した。上天草には真ダコが生息している。実際の生育環境に近い、暖かい場所で育てたほうが、完全養殖も成功するのではないかと踏んで、研究拠点を増やすことを決めた。
●ホットランドのタコ養殖の研究拠点
[2]タコをいけすの中に入れ、大きく育てる「蓄養」の様子。タコ壷一つひとつにタコが生息する
銀だこスタイルの徹底と同じくらい、ホットランドが注力するのが「需要の開拓」だ。ここでも、売り上げを増やす工夫が随所に施されている。
1997年に築地銀だこをスタートさせた際、オフィス街は賃料が高い割に、売り上げが伸びないのが大きな悩みだった。何か良い方法はないかと思案した末、たどり着いたのがたこ焼きを酒のつまみにしてしまうことだった。ウイスキーを炭酸で割って飲むハイボールと、たこ焼きを立ち飲みスタイルで提供する「銀だこハイボール酒場」という業態を立ち上げたのだ。
ウイスキーを拡販したいサントリーとのコラボレーションで、2009年に考案した。強い炭酸、レモンの酸味、そして氷を大量に入れたハイボールはたこ焼きとの相性が抜群だった。当時始まったサントリーのCMとの相乗効果もあって、銀だこハイボール酒場は大ブレークしたのだ。
「ハイボール酒場のヒットで、既存店にも良い影響が出た。晩酌のお供にたこ焼きが選ばれるようになった」と佐瀬社長が語る通り、たこ焼きを食べるシーンをさらに広げることに成功した。
これを機に、ホットランドでは店舗の立地に応じた業態展開に注力するようになった。テークアウトが主力の「築地銀だこ」は、駅前中心に展開し、帰宅途中の人々に照準を合わせる。たこ焼きをパンケーキやかき氷などのスイーツと一緒に提供するイートイン型の「銀だこカフェ」は、住宅の多い場所で主婦や学校帰りの学生を狙った業態だ。
効外ではドライブスルーや宅配も展開する。「宅配銀だこ」は、一人暮らしの高齢者でも気軽にたこ焼きを食べられるようにとの配慮から始めた。高齢者が多く住む東京・高島平などで好評を博している。ファミリー層による注文も増えており、伸び盛りの業態だ。
●ホットランドグループにおける出店戦略
たこ焼きを「強い単品」に成長させたホットランドが、次に注力しているのが2番手、3番手の強い単品を作り上げることだ。
買収でアイス事業にも参入
様々なチャレンジを行い、どら焼きやパンケーキなど撤退したものも少なくない。それでも、たい焼きチェーン店の「銀のあん」は当たった。2013年から展開している、24層に焼き上がるクロワッサン生地を使って作った「クロワッサンたい焼」は、若い女性の心をつかみ、ヒット商品となった。
ここでも、銀だこスタイルは堅持されている。契約農家から調達した小豆を自前の工場であんこに仕上げる。たい焼き機は、5分という短時間で焼けるよう、両面から一気に加熱できるものを独自に開発した。一度に大量に出来上がるたこ焼きは時間をかけても構わないが、たい焼きは量をさばくために効率的に作る必要があるからだ。
昨年1月には、米国の人気アイスクリームチェーン「コールド・ストーン・クリマリー」の日本法人を買収した。アイスクリーム事業への参入は、季節変化による売り上げのブレを解消する狙いがある。たこ焼きもたい焼きも、業態の幅を広げることで需要拡大に努めてきたが、ホット商品だけに真夏には需要が落ちる。銀だこで夏にアイスキャンディーを売るなどしてきたが、訴求力はいまいちだった。暑い夏に強い商品は、ホットランドのポートフォリオに必要不可欠だった。
コールド・ストーンのアイスクリームは、銀だこと同じように客の前で作る実演販売スタイルだ。このことも買収への大きなインセンティブとなった。コールド・ストーン事業にも銀だこスタイルを適用し始めている。将来、原材料の牛乳も牛を育てることから始めるつもりだ。
5月26日には、イオンモールと合弁会社を設立してカフェ事業に進出する。季節や時間帯を問わず一定の売れ行きがあるコーヒーや紅茶は、収益の底上げに貢献するだろう。アイスクリームやクロワッサンたい焼と組み合わせれば、シナジー効果も期待できる。
ホットランドがカフェ事業のパートナーとして選んだのが、米国最古のカフェチェーンで、ロサンゼルスが本拠地の「ザ・コーヒービーン&ティーリーフ」。スターバックスコーヒーよりも高価格帯のカフェチェーンだ。
日本には、コーヒーと紅茶を両方楽しめる本格的なチェーン店がない。それだけに、ホットランドはコーヒービーン事業を大きく育てるつもりだ。5月下旬に東京・日本橋に、50坪ほどの1号店をオープンする。「友人の有名パティシエ、鎧塚俊彦氏の監修の下、スイーツや軽食も日本人向けにアレンジした。価格は高いが、それに見合ったおいしいものが食べられる保証はある」と、佐瀬社長は自信を見せる。
2014年以降、事業拡大のスピードが上がったのは上場で資金調達力が付いたからだ。佐瀬社長は今年6月、ロンドンで開催される大和証券の海外IRフェアに初めて参加する。時価総額1000億円以上の企業が勢ぞろいする中、参加を許された特別待遇だ。それだけ、多くの投資家がホットランドの成長力と佐瀬社長の経営手腕に関心を寄せている。
佐瀬社長は海外IRの場で、外国人投資家にもたこ焼きを試食してもらうつもりだ。食べれば自分たちの強さを実感してもらえるという自負がある。
ホットランド・佐瀬守男社長に聞く
たこ焼きは世界に通用する日本食
たこ焼きこそ、タコを一番おいしく食べる方法であると、私は信じて疑いません。エスカルゴの最もポピュラーな食べ方が、にんにくとハーブの入ったバターと合わせて食べることであるように、どの素材にも最強の料理方法があります。タコの場合、それがたこ焼きなのです。これは世界に通用すると確信しています。
海外でタコは「デビルフィッシュ」とも呼ばれ、忌み嫌われてきた存在です。だから、海外でたこ焼きを売るのは難しいと、タコ以外の素材で試したこともありました。でも、エビやホタテだと食感が軟らかすぎて「中身入っていたっけ?」となっちゃう。イカを入れると、臭いが強すぎてイカ臭くなっちゃう。あの歯ごたえと存在感は、タコでなければ実現できないのです。
実際、中東のドバイで試食会を開き、周辺の40カ国の人にたこ焼きを食べてもらいました。「悪魔の魚」なんて心配は何のその、40カ国中39カ国の人が大喜びで食べてくれました。「これは世界でもいける」と確信しましたね。
特に、中東やアフリカの国の人々は「ソースがおいしい」と絶賛してくれました。それもそのはず、おたふくソースの甘味はあちらでよく食べられているナツメヤシの果実、デーツが原材料です。世界的に受け入れられるポテンシャルが、たこ焼きには備わっているのです。
現在、築地銀だこは、アジア6カ国・地域に進出していますが、今年は米国進出も視野に入れて動いています。カハラ・グループという米コールド・ストーン・クリマリーを立ち上げた創業者が、コールド・ストーン事業をファンドに売却しました。創業者の2代目が、その資金を元手に、銀だこ事業を米国で展開する予定です。
フランスでも良いパートナーが見つかりそうで、話が進んでいます。欧州でもまずはモナコ、フランス、スペインとタコを食べる国々からたこ焼きを広めていきたいですね。南から北へと攻めていきます。

2013年10月にたこ焼きチェーン店「大釜屋」を買収したのは、この会社の持つ自動たこ焼き機を、海外展開で活用したいと思ったからです。
実は一度、中国に10店舗ほど店を出して失敗に追い込まれた経験があります。1号店、2号店はうまくいったのですが、3店目以降はたこ焼きを焼き上げる技術の継承が難しくて味が守れず、繁盛しませんでした。
今後は自動たこ焼き機を武器に、海外進出を加速させていきます。機械も改良を加えて、ゆくゆくは銀だこの味を完璧に再現していきたいですね。(談)
(日経ビジネス2015年5月18日号より転載)
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