天才を生み出す3つの秘密

 イスラエルで開発されたインテルのCPU(中央演算処理装置)はアラブ諸国によるボイコットをものともせずに世界標準となった。モービルアイの技術も世界にあまねく普及させる野望をシャシュア会長は描いている。

 本社の研究開発拠点で働くのは約600人のイスラエル人たち。チップの製造は中国の工場に委託し、本社は研究開発に特化している。「チップの回路設計や画像認識のアルゴリズムなど複数分野の専門知識を持つ、優秀な技術者ばかりだ」。営業部門ディレクターのデイビッド・オバーマン氏はこう話す。

 イスラエルが天才を生み出す秘密には3つのポイントが挙げられる。

 ①教育:「イスラエル人は失敗を恐れない。親も幼稚園の教員もみな、何でも試してみろと子供に教え込むからだ」と語るのは、サイバーセキュリティーのトップ研究者が集まる工業団地「サイバースパーク」でCEO(最高経営責任者)を務めるロニ・ゼハヴィ氏だ。

 小学生が親の出資を受けてスマートフォン向けアプリの開発会社を起業する例なども珍しいことではない。「失敗は次の挑戦に生かせばいい。イスラエルの教育の基本だ」(ゼハヴィ氏)。

 ②イスラエル国防軍:イスラエルではユダヤ人のみ高校卒業後に2~3年間の兵役義務がある。優秀な学生は特殊部隊や諜報部隊の試験を受けるよう促される。こうした隊員の主任務は戦闘ではなくITの研究開発だ。

 諜報部隊出身のあるスタートアップ企業の経営者は「18歳で極めて難しい問題に挑戦する。問題解決をとにかく急ぐ。そうしないと明日、誰かが死ぬかもしれないからだ」と語った。

 どこの部隊に所属していたかはイスラエル人にとって出身大学よりも重要な経歴となり、投資を募る際のアピールに使われることもある。

 また、兵役やその後の予備役を通じて、年代を問わず優秀な研究者との人脈ができる。兵役終了後は、大学入学前に世界中を旅するのが通例。ここで世界の市場を見て回るのもその後のビジネスにつながると言われている。

 ③官民一体の起業家支援:研究開発の促進に投入される費用はGDP(国内総生産)比で4.2%と世界1位。資金は政府からの補助金、あるいはベンチャーキャピタルを通じてスタートアップに流れるほか、インキュベーターも運営資金の85%まで政府から補助を受けることができる。

 イスラエル経済産業省の下部組織で、外国からの投資促進を担う政府機関FIICのジヴァ・イーガー長官は「スタートアップとリスクを分け合う。これがイスラエルの考え方だ」と話す。

 補助金は売り上げが出るようになってから返却すればいい。昨年の返金率は60%程度だった。「失敗しても、その経験は次の起業に生かせる新たな財産だ。社会全体で見れば、失ったものは何もない。アイデアさえあれば何度でも補助金は出す」(イーガー長官)。

 昨年は約1400のスタートアップ企業が生まれ、合併や買収、新規上場で約50億ドルが国内外から集まった。こうしたスタートアップ企業の成功は子供たちの憧れとなり、新たな天才が生まれる循環を生む。

狭い国土で効率農業

 農業技術もイスラエルの強みだ。国土の半分が砂漠であるにもかかわらず、周囲の国家から食料を輸入することもままならない。そこで南部の砂漠地帯でも作物を育てられるよう、チューブから植物に少量ずつ水を与える「点滴灌漑」などの技術を開発した。食料自給率は9割を超える。

 こうした実地試験を担ってきたのが農業共同体の「キブツ」だ。キブツはもともと、イスラエルへの帰還を目指すシオニズムの思想に共感して移住を始めたユダヤ人の集まり。不毛の土地での生活を安定させるために共同生活を送ってきた。今でもイスラエルには約270のキブツが残り、人口の約2%相当の人が暮らしている。

 そのノウハウは日本でも活躍している。糖度の高いフルーツトマトの栽培で有名な須藤物産(長野県上田市)が昨年6月に同市に建てた植物工場にはイスラエルの農業IT企業、ガルコンのAIが導入された。

 通常の植物工場は土中水分や温湿度などの目標数値を定め、目標から外れたら水や空気の流れを調整する。ガルコンのAIは深層学習により天候変化を1~2時間前に予測。突風が吹く前に窓を閉め、日照りが続く予想が出た場合はあらかじめ給水する。このため「目標からの乖離がほぼなくなる」(須藤物産の田中明CTO)。

長野県上田市のトマトハウスでは、イスラエル製AIが給水や日射量を制御している

 これまでも須藤物産のトマトは糖度が8~9度とイチゴ並みの甘さだったが、今年収穫したものは12~14度とメロン並みになっていた。

 モービルアイやガルコンの例が示すのは、イスラエルがビッグデータの重要性にいち早く気付き、検証を繰り返してきたということ。データはセンシングやセキュリティー、AIの開発を加速する貴重な財産となる。だからこそ、IoT(モノのインターネット)の普及に欠かせない技術の種がイスラエルには豊富にそろっている。