軍用技術を積極的に民間転用するイスラエルは、IoTのコア技術に強みがある。日本の高度なモノ作りにほれ込み、協業を目指すイスラエル企業も増えてきた。

イスラエル産白レンガが美しいモービルアイ本社。自動運転技術の研究開発が進む
イスラエル産白レンガが美しいモービルアイ本社。自動運転技術の研究開発が進む
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 パレスチナ自治区に面したイスラエル東部の古都、エルサレム。建物の外観が白色で統一されているのは、イスラエル産の白レンガを使用しているからだ。米国のインテルやシスコシステムズなど、IT企業の研究開発拠点が集積するハーホッツヴィム工業団地も例外ではない。

 この工業団地の中でもひときわ高いビルに、今世界の自動車メーカーが注目する男がいる。アムノン・シャシュア氏(56歳)。仲間と共にモービルアイを創業し、会長兼CTO(最高技術責任者)として同社を率いる。

 モービルアイの画像認識チップ「EyeQ」は、全世界約270車種、1200万台に搭載されている。創業からわずか17年だが、運転支援システム向け画像認識チップの分野で首位の座を確実なものにしている。2015年12月期の売上高は2億4000万ドル。3年前と比べて6倍に伸びた。

 日産自動車やホンダ、マツダといった日本勢を含め、顧客である自動車メーカーは既に27社に上る。ドイツのフォルクスワーゲン(VW)やBMW、そして米ゼネラル・モーターズ(GM)とは完全自動運転の実現に向けた技術提携も結んでいる。

 今年8月には新たに自動車部品大手の米デルファイ・オートモーティブとの提携も発表した。目的は自動運転技術を開発する資金的な余裕がない自動車会社に提供できるシステムを作ること。「レーザースキャナーなど高価な機器を使わず、物体検知や高解像度の地図、運転判断のAI(人工知能)を組み合わせる」(シャシュア会長)。

 日産自動車が8月に日本で発売した新型セレナも、モービルアイとの提携の成果だ。セレナの売りは自動運転機能を持つ車種の中で「世界初の普及価格帯」であること。高額なセンサーを省いて、EyeQを搭載したカメラだけで車線や先行車両を認識する(下の写真参照)。これが低価格化の理由だ。

日産セレナの自動運転機能も、モービルアイの画像認識チップの貢献が大きい
日産セレナの自動運転機能も、モービルアイの画像認識チップの貢献が大きい

グーグルの先を行く男

 1948年建国のイスラエルは、人口が約850万人の小国だ。しかし、フラッシュメモリーやファイアウオールなどを開発したIT大国でもある。国内には十分な労働力も市場も天然資源もなく、周囲をイスラム国家に囲まれているためハードウエアの輸出には不利。ソフトウエアの研究開発に特化し、技術で外貨を獲得する国となった。

空気を読まないタフさがある
●イスラエルの基本データ
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 イスラエルではこれまで12人のノーベル賞受賞者が誕生。グーグル、アップル、フェイスブック、マイクロソフトなど約270の多国籍企業が研究開発拠点などを置き「中東のシリコンバレー」と呼ばれるほど技術者が多い。

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 冒頭のシャシュア会長は、イスラエルの技術者から「ヒーロー」とあがめられている人物。モービルアイは2014年、ニューヨーク市場に上場し、時価総額100億ドル(約1兆円)を超える。マツダやいすゞと肩を並べる規模だ。共同創業者と共に約10%の自社株を保有していたシャシュア会長は、頭脳を武器にビリオネアとなった。

GDPに占めるR&D投資の割合
GDPに占めるR&D投資の割合
出所:世界銀行
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 モービルアイの強みは圧倒的なデータ量にある。同社が自動車メーカー各社と連携して集めた画像データは6000万km分に及ぶ。しかも、「田舎道か都会か、昼か夜か、天候はどうか、あらゆる状況のデータを網羅している」(シャシュア会長)。同社がデータの収集を始めたのは2000年。グーグルが自動運転の開発に取り組み始めたのは2009年だ。「急成長の理由は、グーグルよりもずっと早く動き出したから」とシャシュア会長は自信を見せる。

 運転支援システムは、事故が起きれば自動車メーカーにも壊滅的なダメージを与える。間違いのないシステムであることを証明するには、膨大なデータで検証するしかない。その点、モービルアイは大手自動車メーカーよりも保有しているデータ量が多いため、信頼性の高さにつながっている。

GDPに占めるベンチャーキャピタル投資
GDPに占めるベンチャーキャピタル投資
出所:経済協力開発機構(OECD)
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 今年1月に米ラスベガスで開かれた世界最大の家電見本市「CES」。カメラ画像から精密地図を作製する「ロード・エクスペリエンス・マネジメント(REM)」をモービルアイが発表すると、VWとGMが即座に導入を決めた。

 REMの特徴は、3D地図データを従来の10万分の1に圧縮できること。例えば道路のレーンは、画像データの長さなど幾何学的なパラメーターに置き換える。一般的に3D地図データは1km当たり1ギガバイト以上のデータを必要とするが、REMなら10キロバイトと10万分の1に小さくできる。

 こうした作業を画像から自動的にAIで処理する。モービルアイはREMを導入した自動車メーカーのデータを統合して地図を作製する。

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