1956年から黒字を維持

 そうした厳しい環境下で今治造船が気を吐く。創業は1901年。檜垣社長の曽祖父、為治氏が漁船などの建造修理のために立ち上げた事業が源流だ。三菱重工や石川島播磨重工業(現IHI)など重工系がタンカーやコンテナ船など新型の船型を送り出し、戦後日本の経済成長を後押ししてきたのに対し、今治造船は三菱重工などから型式の古くなった船の設計図を譲り受け、技術的な足がかりを築いた。

 次第に重工系の造船事業が苦境に陥る中でも、今治造船は大量受注による連続建造でコスト競争力を高めてきた。今や建造量は国内勢でトップを走る。2016年度の引き渡し実績はばら積み船85隻にコンテナ船2隻。競争激化による低船価で、税引き利益は15年度比で約2割減ながら138億円を稼ぎ、1956年以降続く黒字を維持。ため込んだ剰余金は単体で軽く3500億円を超える。

好不況はあっても常に黒字を確保
●今治造船の単独業績
注:決算期は3月。決算公告を基に作成。2004年は不明

 深刻な「船余り」にあえぐ造船業界にあって、「一人勝ち」の様相を見せる今治造船。なぜ、同社は成長を続けられるのか。非上場で開示資料が限られる中で、探ってみると、「4つの強み」が見えてきた。

 「中国や韓国に負けるわけにはいかない。いい船を造るしかない」。今治市で今年5月に開かれた海事産業の見本市。会場内では、今治造船の中興の祖である89歳の檜垣俊幸氏の意気軒高な姿があった。長く社長、会長を務め、4月からは「グループ社主」に就任。現社長の幸人氏は俊幸氏の長男にあたる。

 この同族経営が今治造船の1つ目の強みだ。専務取締役以上の6人のうち、檜垣一族が5人。経営難に陥った近隣の地場造船の買収や設備増強などの再投資も自社が有利と思うタイミングで実施。トップダウンによる素早い意思決定で長期的な競争力向上につなげてきた。短期的な業績や株主還元、説明責任など市場の圧力にさらされている上場企業の重工系ではできないことだ。

 2つ目の強みは低コスト体質だ。船の建造コストは人件費、鋼板、舶用機器でほぼ等分されるが、今治造船は人件費が「重工大手に比べて2割安い」(業界関係者)とされる。

 その秘密は自社社員比率の低さにある。重工大手では協力会社を含めたグループ従業員の半分前後を自社社員で占めるのに対し、今治造船はグループで約1万2000人の従業員のうち、自社社員は1割強の1600人程度にすぎない。様々な事業を抱え、全国から優秀な人材を集める重工系はどうしても自社社員の給与水準は高くなりがちだが、今治造船はそうした枠にとらわれない。

 加えて、大量建造による購買力を武器に鋼板や機器も安く仕入れられる。そのコスト競争力の高さが、今治造船の財務基盤を支えている。

 3つ目の強みとしては、グループ内の海運会社の存在が挙げられる。その名は正栄汽船。保有船舶は海運大手に匹敵する200~300隻とも言われ、これらの船舶を大手海運などに貸し出す事業を手掛ける。

 海運大手は船隊保有でバランスシートを過度に膨らませたくないため、外部の船主から船舶を一定程度チャーターするが、今治造船は造船会社でありながら、そのニーズを満たすことで、海運会社との接点を密にしてきた。海運大手幹部は「提案力が高まるのは間違いない」と評価する。

 そして4つ目の強みが、地の利だ。南北朝期から戦国時代に瀬戸内海で活動した「村上水軍」にまで歴史を遡ることができる瀬戸内海周辺の海事産業。今治造船が本拠を置く今治市には船主だけで、日本の外航船の3分の1の船舶を保有するという。造船所はもちろん、エンジンやプロペラなどの舶用機器メーカーも集積する。船舶の購入資金の融資に前向きな愛媛銀行や伊予銀行など金融機関も存在感を放つ。

 今治造船はそうした産業基盤をフル活用。舶用機器の大半を瀬戸内圏から調達し、輸送コストや納期の面で最大限にメリットを引き出してきた。同じ瀬戸内海に面する専業大手の常石造船(広島県福山市)が人件費の安いフィリピンや中国に造船所を構え、競争力を磨いているのとは対照的だ。

重工系とは異質の今治造船
●競争力を支える4つの強み(左下写真、左は檜垣俊幸社主、右は幸人社長)
  • 同族企業の
    スピード経営
    創業家のトップダウンで長期的な視野での逆張り投資が可能(写真=右:北山 宏一)
  • 低コスト

    重工系より抑え目の人件費水準、しかも協力会社の比率も高い
  • グループ内に
    海運会社
    船舶を買ってもらうだけでなく、「貸す」のも可能。営業の幅が広い
  • 瀬戸内圏に
    産業集積
    船主、舶用機器、金融機関が顔の見える強固な関係