日本貿易振興機構(JETRO)の調査によれば、工場労働者の平均月額賃金は約143ドル(約1万4600円)。257ドル(約2万6400円)のインドネシア(ジャカルタ)や193ドル(約1万9700円)のベトナム(ホーチミン)に比べて安く済む。(下の表「●アジアの主な国の経済指標比較(2015年)」参照)英語が標準語であるため、外資系企業でも労使の対話がしやすいというメリットもある。

 恵まれた地理要件と価格競争力の高い労働力を持つコロンボ港は、3PL(=サード・パーティー・ロジスティクス。従来は荷主が担っていた作業を配送業者が代行するなどして包括的に請け負う)の拠点として、また、巨大市場インドの輸出入の表玄関として、その重要度を高めている。

 コロンボ港の近くにある物流倉庫では女性たちが、バングラデシュやベトナムの工場で製造した衣料に値札のタグを付ける作業を黙々と続けている。(上の写真「左」参照)タグに印刷された文字は、彼女たちが読めない外国語で書かれたものがほとんどだ。

比較的賃金は安いが1人当たりGDPは高い
●アジアの主な国の経済指標比較(2015年)
<span style="color:#941d3d;">比較的賃金は安いが1人当たりGDPは高い<br/>●アジアの主な国の経済指標比較(2015年)</span>
出所:人口=国連。各目GDP、実質GDP成長率、1人当たりGDP=IMF。月額賃金=JETRO
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スリランカを知るキーテーマ4
126年にわたる内戦が終結

 政府軍と反政府武装組織「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)が1983~2009年まで26年にわたって内戦を続けた。
 スリランカの人口は、主に仏教徒のシンハラ人が7割強、主にヒンズー教徒のタミル人が2割弱を占める。英国から独立した後、シンハラ人を主体とする当時の政権が「シンハラ人優遇政策」を採用。これに反発するタミル人との間で衝突が頻発するようになった。タミル人の強硬派はLTTEを1970年代に結成し、独立を求めて武力活動を開始。政府軍が中国やパキスタンから援助を受ける一方、LTTEはインドの援助を受けていたとされる。2009年5月にマヒンダ・ラジャパクサ大統領(当時)がLTTEを軍事的に制圧し、内戦を終結させた。

      
2輸出品目は衣料、紅茶

 「スリランカと言えばセイロンティー」。紅茶の産地として有名だ。2015年の輸出額は13億4000万ドル(約1370億円)で総輸出金額の12.8%を占める。
 輸出金額が最も大きいのは衣料で全体の45.9%を占める。「アジアで衣料品を製造」と言うとファストファッションの製品を作っているイメージが強いが、スリランカは付加価値の高い製品の取扱高が大きい。米国の下着メーカーで若い女性の間で人気のあるビクトリアズ・シークレットのブラジャーや、米ラルフローレンのシャツやジャケットなどは、スリランカのアパレルメーカー、マス・ホールディングスがOEM(相手先ブランドによる生産)で製造している。

      
3意外にマッチ!? 日本的経営

 スリランカの現地企業の間で最近、日本的経営を導入する動きが進んでいるという。具体的には「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「しつけ」を徹底する5S活動や、「カイゼン」「カンバン方式」を取り入れている。
 セラミックメーカーのミダヤセラミックを経営するダヤシリ・ワナクラスーリヤさんが旗振り役だ。日本で働いた経験があり、日本式の経営に感銘を受けた。「(スリランカは)長く英国の統治下にあり、多くの企業において経営者と労働者の間に溝があった。『カイゼン活動を通じて経営者が自分の意見を聞いてくれる』と労働者は喜んでいる。業績も向上した」と語る。加えて、徹底した生産管理が、発注者である欧米企業に高く評価されているという。

      
4戦後、日本の独立を支援
サンフランシスコ講和会議で署名するスリランカのJ・R・ジャヤワルダナ財務大臣(当時)(写真=J. R. Eyerman/Getty Imges)
サンフランシスコ講和会議で署名するスリランカのJ・R・ジャヤワルダナ財務大臣(当時)(写真=J. R. Eyerman/Getty Imges)

 1951年に調印されたサンフランシスコ講和条約により、日本は晴れて独立を果たした。この会議において、一部の連合国が日本の主権を制限する厳しい案を突きつける中で、日本を擁護する発言をした一人がスリランカのJ・R・ジャヤワルダナ氏だった。
 当時は財務大臣で後に大統領となる同氏は、ブッダの言葉「憎悪は憎悪によって消え去るものではなく、ただ愛によって消え去るものである」を引用してスピーチ。「自由にしてかつ独立した日本の復活を望む」と述べ、日本を国際社会に受け入れるよう訴えた。

      

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