都市ガスの家庭向け小売り自由化から3カ月。7月には東京電力グループも参入した。だが、笛吹けども踊らず。同じ生活インフラを支える電力の自由化より盛り上がりを欠く。先行して自由化したLPガス業界も競争原理が働かない。なぜ、自由化は進まないのか。

(日経ビジネス2017年7月10日号より転載)

都市ガス最大手、東京ガスの扇島LNG基地(横浜市)。巨大な4つの地下タンクに都市ガス原料のLNG(液化天然ガス)が貯蔵されている

 経済産業省の幹部が不満げだ。「せっかく自由化したんだから、もっと積極的に乗り出してほしい」

 矛先が向かうのは7月に家庭向け都市ガス市場に参入した東京電力グループ。4月に家庭用の都市ガス小売りが全面自由化したのを受け、ようやく乗り込んできた新規参入組の「本命」だが、その動きはどうにも鈍い。

 顧客を奪われる形の東京ガスの奥村栄吾リビング営業計画部長は「短期間で(東京電力グループの)契約獲得が進んでいる。大きな脅威」と表面上は警戒感を示す。中部電力と2016年に燃料調達事業を統合し、火力発電用のLNG(液化天然ガス)の調達力を高めた東電。その輸入量は中部電と合わせると年約3500万トンと国内最大で、東京ガスの同約1400万トンを大きく上回る。東電が圧倒的な調達力で割安に輸入したLNGの一部でも都市ガス販売に振り分ければ、首都圏のガス市場で熾烈な値引き競争が起きる可能性はある。

 だが、東電は控えめだ。足元では1万件を超える契約を獲得しているというのに、初年度の獲得契約数の目標は4万件程度。当面は大々的な販促活動も予定していないという。

 都市ガス小売りを手掛けるグループ会社、東京電力エナジーパートナーの上田晋也ガス事業部マネージャーはその理由をこう話す。「参入障壁が高すぎて(攻略は)容易でない」

 新規参入者を阻むのは何か。「熱量調整」と呼ぶ、この業界に根付く「ルール」だ。

 都市ガス事業者はLNGをそのまま都市ガスとして供給することはできない。熱量を一定に保つため、LNGに一定量のLPガス(液化石油ガス)などを添加することが求められている。

 ところが東電はこの調整設備を持たない。東電はその設備を持つ東京ガスに熱量調整を委託する必要がある。それは、東電の都市ガス供給量の「蛇口」を東京ガスが握っているのに等しい。交渉の末に東電が得た調整枠は4万件分。初年度の契約目標値はこの調整枠に縛られている。

 そもそも熱量調整はなぜ、必要なのか。専門家は「公平性」と「安全性」を担保するためと主張する。利用者は使用したLNGの体積に応じて課金されるが、熱量が不安定だと、単位料金あたりの熱量がばらつく恐れがある。安全面でも熱量は一定のほうが望ましい。

自由化阻む数々の壁

 だが、技術導入期ならまだしも、LNG技術はすでに成熟している。日本以外の多くの国では熱量調整という「手間」をかけずに都市ガスとして供給している。「もはや必ずしも必要な設備、作業ではない」という指摘は都市ガス業界関係者からもかねてある。

 熱量調整が都市ガス販売の足かせになっているのは東電に限らない。関東エリアで奮闘する新規参入の日本瓦斯の獲得件数も東京ガスエリア全体の0.3%程度(6月半ば時点、以下同)にすぎない。関西では熱量調整設備を自前で保有する関西電力が積極的に顧客を獲得しているといわれるが、それでも獲得件数は6月時点で16万件程度と全体の2.2%程度。中部電が事業展開する中部・北陸エリアは1.6%程度だ。

 北海道や東北、四国・中国エリアでは競争すら起きていないのが実情で、日本全体で見れば、乗り換え件数は全体の1%にも満たない。遅いといわれた電力自由化よりもペースは鈍い。