「世界の工場」から「イノベーション大国」へ。中国は産業構造の転換に本腰を入れる。中国が目指す製造業のレベルアップは日本の製造業にも大きな影響をもたらす。巨大な内需と国ぐるみで海外進出を支える戦略に、日本は技術力だけで対抗できるか。
(日経ビジネス2017年6月26日号より転載)

中国・上海の浦東国際空港。5月5日、午後2時すぎ。1機の旅客機が滑走路から飛び立つと、地上では大きな歓声が湧き上がった。
中国国有の航空機製造会社、中国商用飛機(COMAC)はこの日、開発中の小型旅客機「C919」のテスト飛行を初めて実施した。C919は1時間20分ほど飛行した後、同空港に着陸し、無事にテスト飛行を終えた。
「C919は『中国の夢』の体現だ」。中国共産党の機関紙「人民日報」の電子版「人民網」はこの試みをこう伝えた。習近平国家主席が掲げるキャッチフレーズ「中国の夢」──「中華民族の偉大な復興」を意味する──とC919を重ね合わせて報道した形だ。
ボーイング、エアバスに挑む
C919は座席数150~170席ほど、客室の通路が1本のみの「ナローボディー」タイプの旅客機だ。米ボーイングのB737や欧州エアバスのA320と同クラスで、国内線や近距離の国際線でのフライトを想定している。
このクラス以上のジェット旅客機市場は、欧米2強、ボーイングとエアバスによる寡占状態。C919がこの2強に割って入る存在になれば、大国の復興を何よりも表現することができる。
C919の「C」は「COMAC」や「China」にちなむ。ある中国メディアは「“ABC”による競争局面を作るとの意志もある」と報じた。もちろん「A」はエアバス、「B」はボーイングを表す。
C919が「中国の夢」と結びつけて語られるのは、欧米2強が築き上げた秩序に一石を投じるという構図が分かりやすいのに加えて、中国政府が進める「製造業のレベルアップ」を示す格好の具体例になり得るからだ。
中国経済は1990年代後半から「世界の工場」として発展を遂げた。だが、経済の成長とともに賃金も上昇し、縫製や組み立てなど安価な労働力に頼る製造業は立ち行かなくなった。
一方、製鉄などの重厚長大型製造業は過剰設備に苦しんでいる。大量の失業者を出すことなく過剰設備を解消するためには、雇用の受け皿となる新しい産業が必要だ。以上の環境変化が、中国の製造業にポートフォリオの入れ替えを迫っている。
この入れ替えを実現すべく中国政府は2015年、「中国製造2025」を打ち出した。先端技術などを擁する高付加価値型製造業を育て、欧米や日本などと伍する製造強国に自らを脱皮させる国家戦略だ。
次世代情報技術や工作機械、新エネルギー自動車など10分野を、特に力を入れて育成する(下の表)。航空機もレベルアップを目指す10分野の一つだ。
●「中国製造2025」の重点分野
- 次世代情報技術
- ハイエンドNC(数値制御)工作機械とロボット
- 航空宇宙設備
- 海洋エンジニアリング設備とハイテク船舶
- 先端軌道交通設備
- 省エネルギー・新エネルギー自動車
- 電力設備
- 新素材
- バイオ医薬と高性能医療機器
- 農業機械設備
「今後も航空機需要は伸び続ける。中でも中国やアジアの需要は大きい。中国国産の旅客機を作るのは当然といえる」。COMAC上海飛機設計研究院の盛世藩高級技術研究員は、中国が国産のジェット旅客機を作る意義についてこう語った。
盛氏はさらにこう付け加えた。「日本の技術は素晴らしい。クルマでいえば、私もトヨタ自動車のレクサスは大好きだ。でもクルマと航空機は違う」。この発言から、少なくとも航空機については日本を上回りつつあるとの自負が垣間見える。
ただし、国を挙げて航空機製造に邁進する中国に対する海外の視線は冷ややかだ。C919について、外観やサイズがエアバスのA320とほぼ同じであることから、「A320のコピーでは」といった声が聞かれる。
また、エンジンをはじめとする主要部品の多くを海外から調達しているため、中国メディアでさえ「『中国製造』ではなく『中国組み立て』では」「(中身がないことを意味する)空殻か」などと報じている。
これに対し、中国工業情報省は「構造やシステムなどの要件はCOMACが決めた。知的財産権を完全に保有している」と反論する。だが、主要な部品を欧米などに依存しているのは事実だ。
またC919が、中国国外で就航するのに必要な型式証明を取得するのは困難とみられている。例えば米国で就航するなら、米連邦航空局(FAA)の型式証明が必要だ。
航空機産業や機械産業に詳しい、みずほ銀行産業調査部の藤田公子氏は「型式証明を取得していないことが販売上の大きなネックになる。中国以外では、一部の国が採用するにとどまるのではないか」と話す。
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