中国のネット通販首位のアリババや2位の京東が日本の中小企業に接近している。日本製の「隠れた逸品」を中国市場で売る「越境EC」を太く育てるのが目的だ。訪日中国人の消費額を上回りつつある新商流に、日本の中小企業も熱い視線を注ぐ。
宮崎県都城市の食品販売店、タマチャンショップ。店内には自然由来の素材を生かした食品が並び、店員は訪れた客と地元の話題で盛り上がる。一見すると「どこにでもある家族経営のお店」といった雰囲気だが、運営する地元企業「九南サービス」では今、あるプロジェクトが進められている。
「中国の消費者にも、うちの商品を届けたい」と田中耕太郎店長は意気込む。中国では食の安全に対する関心が高まっている。タマチャンショップの自然食品はほぼ全てを自社で企画・開発しており、生産者もみんな顔見知りだ。「必ず受け入れてもらえるはず」。田中店長は自信を見せる。
タマチャンショップはアリババを介して中国市場に自然食品を拡販する。田中耕太郎店長(写真=藤村 広平)
根拠もなく大風呂敷を広げているわけではない。九南サービスは2004年からEC(電子商取引)事業に力を入れており、楽天などに出店。今では九州産を前面に打ち出した自然食品を全国に出荷している。直近の売上高は年20億円を超え、10年前に比べて100倍という規模に急成長した。
ただし、中国人が相手となれば話は別だ。正社員10人程度の九南サービスにとって、進出のハードルは高い。商品に自信があっても、中国ではどんな食品が求められているのかが分からない。販路選びを間違えば商品を安売りされ、日本で定着した「しあわせを食べる」というコンセプトが崩れるリスクもある。
悩んでいた田中店長の下に、昨年現れたのが中国のEC最大手、アリババ集団の営業担当者だった。「ぜひ、うちに出品してほしい。支援は惜しみません」との言葉に田中店長は乗った。タマチャンショップは年内にも、アリババの運営する越境ECサイト「Tモールグローバル(中国名「天猫国際」)」への出品を始める計画だ。
アリババはタマチャンショップに対し、どんな支援を約束したのか。そのひとつが、アリババが「Japan MD center(以下MDセンター)」と名づけた新サービスだった。
中国人の消費行動を分析
5月18日、東京都港区の虎ノ門ヒルズ。アリババが開いたMDセンターのお披露目会には、日本企業約200社のEC事業担当者らが集まった。
「アリババは2016年3月期の流通総額が50兆円を超え、世界最大のEC企業になった」。こう切り出したのは、浙江省の本社から駆けつけたダニエル・チャンCEO(最高経営責任者)。「アリババの背後には何億人という中国人がいる。巨大市場への進出をぜひ支援させてもらいたい」。チャンCEOの冷静な語り口が新サービスに対する自信を際立たせていた。
中国の消費者に日本企業の商品が届けられるルートには、アリババのサービスを経由する場合でも3つある。
1つ目が、訪日した中国人が日本で買い物をして、個人で持ち帰ってからCtoC(個人間取引)のECサイト「淘宝網(タオバオ)」に出品するルートだ。日本企業にとっては、自社製品がどのように中国の消費者に渡ったか、いくらで売られているかを把握しづらいという難点がある。
もう1つが、日本企業の中国法人が中国国内のBtoC(企業の消費者向け取引)の通販サイト「Tモール(中国名「天猫」)」に出品するケース。既にファーストリテイリングや資生堂といった大手企業が始めている。日本から正規輸入したり、現地生産したりした製品を販売する。
最後が、中国国外から出品できるBtoC通販サイト「Tモールグローバル」への参加だ。日本から中国市場にアクセスできるため、中小企業や、大手でも本格進出前に「様子見」したい企業には魅力が大きい。アリババがMDセンターで主に掘り起こしたいのはこのルートでの拡販が見込める商品だ。
日本にいながらの「中国進出」も可能
●アリババを経由した日本製品の販売ルート
出品者にとって大きな支援となるのが、ビッグデータを活用したきめ細やかな需要予測だ。アリババが運営する「タオバオ」や「Tモール」は4億人を超えるユーザーを抱えている。MDセンターは、これらの消費者が事前に入力している年齢や性別、所在地といった情報を把握。その消費者がどんな商品を検索して買ったのか、あるいは途中で買うのをやめたのかといった購買パターンを組み合わせ、分析する。
例えば紙おむつ。アリババは、消費者が紙おむつを継続的に購入するようになるなど、購買パターンの変化からユーザー世帯で家族が増えた日を推定する。そこから逆算することで、子供の誕生を待つ消費者が、出産の何週間前から紙おむつの購入を検討し始めるかというデータを割り出す。
アリババの調査によると中国の消費者の約80%は出産の17週前から紙おむつを検索し始める。逆に言えば、それより早く広告を打っても効果は小さいということだ。
いざ子供が生まれたら、今度は新生児用から乳児用のサイズへの切り替えのタイミングも販促の重要なチャンスとなる。「中国人の赤ちゃんは、日本人よりも体が大きいことが多い。中国市場の実態を知り尽くしたアリババなら適切な販促方法を提案できる」(アリババ日本法人の藤堂泰樹氏)。
日本企業がこうした需要を予測するには、現地に法人をつくり、地道に市場調査する必要がある。中小企業にそうした体力はない。大企業にとっても、上海など沿海部の需要動向は把握できても、内陸部までは分かりにくい。自社での調査には限界がある。
京東集団はヤマトと提携
中国の消費者にはまだ知られていない日本の逸品──。中国の消費者が求めるそんな商品の取り扱いが増えるほど、アリババと出店する日本企業は両者両得となる。Tモールグローバルに出店するには初期費用が250万~500万円、年会費も50万~100万円かかるなど安くはない。それでも中小企業にとって、アリババの強力な後ろ盾は魅力的といえるだろう。
「日本の大学や医療機関には、様々な技術が眠っている。ここから商品を企画するのが当社の強みだが、中国ではマーケティングに苦戦していた」。こう語るのは美容家電「リファアクティブ」などで知られるMTG(名古屋市)の松下剛社長だ。
MTGは1996年に設立し、2016年9月期に300億円程度の売り上げを見込む中堅企業。アイデアで勝負している企業であり、アリババを通じて正式に中国進出することで「粗悪なコピー品を市場から一掃したい」(松下社長)という狙いがある。MTGの売上高のうち、海外比率は現時点で14~15%。5年以内に、これを5割まで引き上げる方針だ。
無添加の自然化粧品を製造・販売するハーバー研究所もMDセンターに期待を寄せる中小企業の一つだ。2016年3月期の売上高は148億円。このうち海外比率は10%程度にすぎない。末広栄二社長は「2020年頃をめどに、海外の売上高を日本と同様のレベルまで持っていきたい」と話す。
原動力となるのはやはり中国。ハーバー研究所は2015年12月に初めてTモールグローバルに出品。「最初は何を出せば売れるのか分からなかった」(末広社長)が、アリババのビッグデータを活用することで、徐々に需要動向が見えてきた。化粧水の場合、ベーシックな機能のある商品よりも、ビタミンCなど美白成分の入った商品の方が受け入れられるという。将来的には本格的な現地進出をめざす考え。まずはMDセンターを活用し、中国市場の分析を進める。
経済産業省や観光庁の統計によると、中国人観光客が日本で買い物した総額は、2015年に8088億円に達した。一方、中国で暮らす中国人がネット通販で日本製品を買った総額も約8000億円にのぼる。しかも、この額は2019年には2兆3000億円に達すると推定されている。
越境ECは「爆買い」に匹敵する市場規模
●中国人による日本製品への支出総額
注:2015年の推計。経済産業省・観光庁調べ
越境ECの勢いを取り逃がすわけにはいかない──。中国のEC市場でアリババに次ぐ約2割のシェアを持つ京東集団も、日本の中小企業の取り込みに動き出した。
強みは物流。4月、ヤマトホールディングス(HD)の国際物流子会社、ヤマトグローバルロジスティクスジャパン(YGL)との提携を発表した。複雑な税関手続きの代行などで、注文から宅配までの期間を最短4日に縮めた。従来は平均で約8日間かかっていた。
中国通販2位の京東集団の通販サイトでも、日本製品は人気。越境ECの手間と時間を省くためヤマトとの提携に踏み切った
アリババに負けじと、販促の支援策も用意した。具体的には通販サイトのデザインや、商品概要の翻訳代行サービスを提供する。京東のサイトでは注文の約5割がSNS(交流サイト)経由で商品を知った消費者によるものといい、どうすれば効果的に宣伝を打てるかを助言する。しかも、これらの支援策は利用開始から最長1年半は無償とした。YGLの書川美樹執行役員は「日本の中小企業が越境ECに取り組むハードルを下げたい」と話す。
もちろん、アリババや京東が提供する支援サービスが中国事業のリスクをゼロにするわけではない。突然の法改正や政治リスクは依然として残る。それでも縮小が続く国内市場にとどまっているより、すぐ隣にある成長市場に打って出た方が成功のチャンスは大きい。
中国ネット通販の巨人たちが、日本にラブコールを送り始めた。あとは日本企業がどう受けて立つかだ。タマチャンショップの田中店長はこう話す。「昔、アメリカンドリームという言葉がありました。これからはチャイニーズドリームの時代です」。
INTERVIEW
アリババ集団のダニエル・チャンCEOに聞く
「20億人の顧客抱える企業めざす」
新サービス「Japan MD center」(以下MDセンター)を始める目的は。
「日本企業はこれまでもアリババの通販サイト『Tモール』を使い、中国向けのEC事業を展開してきた。ユニクロやマツモトキヨシなどが代表的な成功例だ。ただし、アリババがお付き合いする相手は日本企業の中国法人である場合が多かった」
「越境ECの本質は『日本にいる企業が、中国にいる消費者にモノを届ける』ことにある。経営資源の限られる中小企業には、ぜひMDセンターを使ってほしい。日本にいながらにして、未知の世界である中国市場にアクセスできるようになる」
1つの国に特化した出品・出店支援サービスを提供するのは日本が初めて。なぜ日本なのか。
「中国人が商品に求める品質の水準が日々、高まっているからだ。品質では日本製品に強みがある。日本人が使うのと同じものを使いたい、日本の流行についていきたいという要求は非常に大きい」
「例えば豆乳を使った食品やオーガニックなコスメ商品は今、中国で最も人気のある分野だ。良いものを発見する驚きや喜びを、中国の消費者に提供していきたい」
中国経済は成長が鈍化しつつある。
「中国経済は今、(製造業などの)輸出志向型から、個人消費が主導する内需型にシフトしている最中だ。イノベーティブな企業が魅力ある商品を投入すれば、消費はまだまだ活気づく余地がある」
アリババが米ニューヨーク証券取引所に上場したのは2014年9月。現在の株価は80ドル前後と、最高値の約120ドルと比べると見劣りする。
「アリババは『消費者ファースト、その次が従業員、その次が株主』というスローガンを掲げている。株式の短期的な上昇や下落よりも、いかに消費者のニーズを満たしていくかを重視している。MDセンターの開始で、より満足度の高いサービスを提供できる。顧客が満足すれば、市場の評価はおのずと定まってくるはずだ」
中国以外の巨大市場も開拓する
●アリババ集団のアジア戦略
「アリババは今後、グローバル化を進めていく。現在、我々のサービスの利用者のほとんどは中国人。これからはアジア全域に事業範囲を広げたい。4月には東南アジア6カ国で通販サイトを運営する『ラザダ』の買収を決めた。この投資はアリババの将来を占う上で大きな布石になる。インドにもソフトバンクと共同出資する通販サイト『スナップディール』がある。MDセンターを通じて発掘した日本の逸品は、これら若い市場を開拓していくうえでも武器になる。今後20年の目標は世界で20億人のユーザーを抱える企業になることだ」
(日経ビジネス2016年6月20日号より転載)
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