「しっぺ返しでも来たら困る」

 今回の憲法改正の動きの2つ目の特徴は、産業界からほとんど声が上がらないことだろう。

 安倍首相の発言を受け、日本経済団体連合会の榊原定征会長は5月8日、「経済界も憲法についてしっかりした見解を持ちたい」と述べ、年内にも独自提言をまとめる意向を示した。だが、依然として具体的な方向性などは定まっていない。

 日本商工会議所もほぼ同様。「自衛隊の存在と自衛権の明確化は国際情勢を考えれば変えるべき対象」。三村明夫会頭は5月11日の定例会見でこう述べたが、日商として憲法改正提言をまとめる気はないという。

 同じく憲法問題委員会と安全保障委員会の設置を今年4月に決めた経済同友会も動きは鈍い。設置は決めたが、2カ月近くたっても議論は始まらないままだ。

 経済団体には限らない。個々の企業も、まるでタブーのように声を上げようとしないのである。そこにあるのは「憲法について下手なことを言って、政権から思わぬしっぺ返しでも来たら困る」(上場部品メーカー会長)といった本音だろう。

 そうして国民の腰が引けていくほど、政権の前のめりぶりが際立つことになる。このままなら、9条と教育の無償化だけが前に進む可能性も高い。実際には、前述の衆院解散権の明記にしても「内閣と国会という国家機関同士の関係の問題なのに憲法上の明確な規定がないままに解散権が行使されている」(井上武史・九州大学大学院准教授)など、現憲法には“不備”も少なくない。

9条の新3項は2項と矛盾しない

 安倍首相が憲法9条を正面から改正点に据えたことは評価すべきだ。9条は、条文と現実の状態が乖離しており、何がルールなのかが分かりにくくなっている。複雑な解釈を通じて、初めて自衛隊の存在を明らかにしている。

 9条に3項を加えて自衛隊の存在を明記すると、戦力の不保持などを示す2項と矛盾するとの見方もあるが、それは規定の仕方次第だろう。逆に2項の削除などをすれば、むしろ現状を超えてしまうことになるはずだ。

 このほか、憲法には、政治の仕組みを決める手段という意味もある。この点では、首相の解散権が明記されていない、内閣の議案提出権が書かれていないなど、現状には問題が多い。改正が必要な点は少なくないはずだ。(談)

米国は三権が憲法の正統性を高めた
同志社大学 特別客員教授
阿川 尚之氏

(写真=太田 未来子)

 日本では憲法改正の発議に衆参両院の3分の2以上の賛成が必要で、この条項が厳しすぎて改憲がしにくいといわれる。しかし、この基準は世界では珍しくはない。

 例えば、米国も上下両院の3分の2以上で可決して憲法改正を提案できることになっている。さらに、その改正案は50州に回され、4分の3以上の州が批准して、ようやく成立となる。

 それでも米国は憲法制定以来、27項目の改正を行っている。議会が変えなければ最高裁が判決で実質的に改憲することもあるし、大統領が憲法の規定にないことを判断したケースもあった。

 三権がぶつかり合い、補完し合うことで憲法を時代に合わせて変え、正統性を高めてきた。日本でも見習える点だろう。(談)

日本の憲法は軽量級だから改正なかった
東京大学 社会科学研究所准教授
ケネス 盛 マッケルウェイン氏

(写真=菊池 一郎)

 比較憲法論の立場から見れば、日本の憲法は“軽量級”だ。英訳すると5000字程度しかない。ドイツの憲法は約2万5000字もある。憲法に書かれていないことがあまりに多いので、法律で規定している部分が多い。問題が生じても法律を改正すれば済んでしまう。それが70年も憲法が改正されてこなかった大きな要因だ。ドイツは既に、60回も憲法を改正している。

 統治機構について記述が少ないのも特徴だ。例えば47条で「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」と書いてある。そうすると1票の格差がこれだけ開いていても、最高裁は「違憲」とは言いにくい。だからこそ国会は「○増△減」のような、つじつま合わせで乗り切ってきた。(談)