印刷メーカーで働くBさんは35歳の独身女性。20代の頃は英会話教室に通ったり、異業種交流会に出席したり自分磨きに力を入れていたから、残業は少なかった。

 「しかし32歳を過ぎた頃から、自己啓発に励んできた友人たちが結婚や出産でいなくなり、自分も何だか疲れちゃって、だらだらと残業するようになった。変に思われるかもしれないけど、今は難しいことを考えず残業するのが一番、気が楽」。Bさんは自嘲気味にこう話す。

 今、首都圏近郊のベッドタウン近くの居酒屋、ファミリーレストラン、パチンコ店、サウナは毎週水曜、かつてないにぎわいを見せている。ノー残業デーを導入した企業に勤める退社後に行くあてのない社員たちが集まっている、というのだ。

 本誌も神奈川県某駅周辺に行き、そうした事実を確認するとともに、ファミレスで飲酒しながら明らかに時間を潰していた52歳のC氏に話を聞いた。

 「水曜は午後3時頃から憂鬱になる」。中堅商社で働くというC氏はこうため息をつく。ノー残業デーが試験的に始まった今も水曜日以外は午後9時に退社している。業務が忙しいわけではないが、残業で退社時間を遅らせている。それが水曜日に限ってはできない。

 同僚と飲みに行くこともめっきり減った。C氏の役職は係長だが、課長は年下。敬遠されている雰囲気をこちらも察し、一緒に飲みに行くことはほとんどない。

 そして家にも居場所はなし。中学生と高校生の子供がいるが、育児を手伝うこともなく、毎晩遅く飲み歩いたことが響いてか、あまり懐かれていない。とはいえ、教育費は増え小遣いは減る一方。会社を早く出ても遊ぶことはできず、ファミレスで数時間過ごし、30分ほど歩いて時間を稼ぎながら帰るのだという。

 「ノー残業デーだけはやめてほしい」。酔いも手伝ってか、C氏は取材中、何度もつらそうにつぶやいた。

街をさまよう”ノー残業デー難民”らしき会社員(写真=的野 弘路)

活気づく“残業難民ビジネス”

 こうした“ノー残業デー難民”があくまで少数派なのか、かなりの割合を占めるのか推測する統計などは、まだない。だが、企業の中には、その数が相当数に上るとみて、専用のニュービジネスを始める動きが活発化している。

 吉野家はアルコールやつまみ類などの居酒屋メニューを夜間に提供する「吉呑み(よしのみ)」サービスを全店に拡大する。スターバックスコーヒーは一部店舗でアルコールの提供を開始した。「ノー残業デー後の時間を過ごす人が有力ターゲットの一つ」と千葉商科大の常見専任講師は話す。

 「大企業がノー残業デーを始めると聞いて需要がありそうだと気付いた」。自習室「勉強カフェ」を運営するブックマークス(東京都渋谷区)の山村宙史社長はこう話す。

自習室「勉強カフェ」は、まさに会社員の居場所だ(写真=的野 弘路)

 勉強する必要はなく、読書をしたり、仕事の続きをしたりするなど様々な用途に活用可能。コンビニエンスストアで買ってきた総菜を食べることもできる。まさに居場所だ。当初は、外苑前や田町といった都市部に出店してきたが、今後は“ノー残業デー需要”を狙い東京西部の国分寺や、川崎の溝の口など郊外での出店を強化していくという。

* * *

 日本で残業の削減が進まない背景には、「家に帰りたくない」という諸外国には見られないだろう理由がある──。この仮説が正しいとすれば、企業はどうすればいいのか。