さらにキリンは今年2月、国内3位のマンダレー・ブルワリーの買収を発表。北部都市マンダレーに拠点を持つ同社工場は、100年以上前の英国統治時代に作られた施設を今も保有する。品質管理はできておらず、瓶ビールを口に含むと強いえぐみが舌に残る。

 キリンが求めたのは味ではない。ライセンスである。

 長らく軍事政権下にあったこの国。戒律の厳しい上座部仏教を信仰していることもあり、アルコール関連事業への制限が厳しい。例えば製造ライセンスは、1企業に1工場しか与えられない。

 マンダレー・ブルワリーのシェアは3~4%にとどまるが、南部ヤンゴンからではカバーできない中・北部地域へビールを製造販売する拠点にできる。

 キリンは、オーストラリアやブラジルで数千億円規模の現地企業買収を繰り返しては、現地での販売に苦しんできた。海外で失敗はもう許されない。

 ミャンマーは米制裁やライセンス規制など、参入障壁が高い市場。だからこそ、早期に入り込めば優位に事業を進められる。際どい投資判断にも、キリンに迷いはなかった。

ビジネス環境は世界170位

 16年3月末にスー・チー国家顧問主導の新政権が発足して1年が過ぎた。軍事政権から民政移管したテイン・セイン前政権時代と変わらず、海外からの投資を誘致する動きは引き続き重視されている。米制裁解除に加え、新たな投資法が制定され、経済は明るい方向へ進もうとしている。

 当然課題も多い。ビジネス環境は世界190カ国・地域の中で170位と最低レベル(世界銀行調べ)。慢性的な電力不足に加え、汚職も蔓延している。だからといって、手をこまぬいてはいられない。

 日本企業は「条件が整うまで待つ」という従来姿勢では勝てないことを嫌というほど味わってきた。ベトナム、カンボジアなど東南アジアの「開発後発組」では、政府の後押しを受けた中国や韓国の企業に投資額で圧倒されている。

 最後のフロンティア、ミャンマー。この国の経済をリードする投資国はまだ決まってはいない。リスクを取ってでも、積極投資に転じる日本企業はキリンだけではない。

 ヤンゴン中心部に位置する黄金の仏塔、シュエダゴン・パゴダへと続く参道の入り口には、週末になるとテントの前に人だかりができている。

 様子を見に近づくと、家族連れがインスタントヌードルの試食品を食べている。エースコックが仕掛けたインスタント麺の試食キャンペーンだった。

エースコックが開催したインスタント麺の試食イベント。人気のヒン味は日本のカレー風味に近い

 ミャンマー向けには現地の煮込み料理「ヒン」の味をベースとした新商品を投入し、価格も1食20円に抑えた。

 この国の1人当たりのインスタント麺消費量は年8.5食と日本の44食に比べ少ない。だが、工業化が始まる国では、都市部に出てきた労働者が、低コストで食べられるインスタント麺を選び、需要が爆発的に伸びる傾向がある。

 ヤンゴン近郊。住友商事・三菱商事・丸紅などが開発したティラワ工業団地にエースコックの新工場がある。これまでベトナム工場から輸出してきたが、4月にも現地生産に切り替える計画だ。現在は市場シェアは5%にとどまるが、本格稼働すれば年7200万個と国内年間消費の2割に相当する生産量となる。

 しかし不安も多い。水力発電中心のミャンマーでは、乾期にはほぼ毎日停電が起きる。ガス火力発電所を整備したティラワ工業団地の停電率は他の工業団地に比べ10分の1程度であるが、現在入居しているのは縫製業など電力使用量が少ない企業が多い。

 インスタント麺を製造するエースコック工場では、麺の素材をラインに載せ、一定スピードで油揚げ・冷却工程を行う。1度でも停電すると製造ラインの麺は全て廃棄処分となる。

 「電力事情を考えると事業計画が描きにくい。同業大手では進出にゴーサインが出せないのでは」とミャンマー法人の平野彰社長は指摘する。

 エースコックは1995年、ベトナムでいち早く生産・販売を開始し、圧倒的なシェアを獲得した経験を持つ。「食の嗜好は保守的。先にシェアを取ったものが絶対的に有利となる」(平野社長)。先行者利益を再び獲得するため、多少のリスクは織り込み済みなのだ。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でも賃金水準が最も低いミャンマーではあるが、スマートフォンは既に普及している。ヤンゴン市街地を歩くと、露天で果物を売る女性から僧侶まで、誰もがスマホを持っている。

携帯電話の普及速度は世界最速
●SIMカード普及数の推移

 ミャンマーでは直近2年間でSIMカードの普及数が600万枚から5000万枚へと爆発的に伸び、人口1人当たりほぼ1枚の水準となった。2014年に海外事業者の参入を認めた結果、市場原理が働いてSIMカードの価格は1枚10万円超から150円程度に、劇的に値下がりしたからだ。

 ヤンゴンの中心部。エレベーターすら無い、古びた白いビルに国内携帯シェア50%弱を握るミャンマー郵電公社(MPT)の事務所がある。同社には日本のKDDI・住友商事連合が14年7月から経営参画した。両社併せて100人が日本からミャンマーに出向き、事業に携わっている。