“おばあ”のために若者も買う

 それに共同店で買い物すれば、掛けで支払いができる。ルール上は月末締めだが、最大12カ月の猶予が可能。現金収入が少ない高齢者には使い勝手が良く、2カ月に1度の年金支給日に払う人もいれば、年末年始に帰省した子供が一括で払うケースもあるという。

 注目すべきは、奥に暮らす若者たちまでも共同店を利用するケースが多いことだ。若者はクルマを持っており、その気になれば名護へ毎日でも買い物に行くことができる。「だがそれをしてしまうと、“おじい”や“おばあ”が買い物難民になってしまうことを、彼らは十分理解している」と、共同店の歴史に詳しいやんばる・地域活性サポートセンターの比嘉明男理事長は説明する。沖縄の共同店が“やさしい”のは利用者に対してだけではない。納入業者には、僻地である奥まで物資を運搬しても割に合うようにと、原則として現金で支払う。

宮古島にある老舗共同店の「狩俣マッチャーズ」。地域にとって重要な生活基盤だ

 共同店の経営という観点から見れば、これら一連の仕組みは厳しい。

 消費者に掛けで売り、納入業者に現金で支払っていれば、運転資金は徐々に枯渇する。価格設定が多少高いとはいえ、ここまで商圏が限られれば、内部留保する余裕など生まれない。1日に訪れる100人の客が1000円使っても年商は3650万円。粗利から人件費や光熱費などの経費を引けば、毎年トントンだ。

 だが、前出の比嘉氏は「それで十分。決算を締める時に帳尻さえ合えばよい。何の問題もない」と主張する。

 確かに、住民は多少割高な買い物をせねばならず、納入業者は遠路はるばる物資を運搬する必要があり、店は大きなもうけは望めない。しかしその分、全国屈指の過疎地でありながら誰一人、買い物難民にならず、納入業者は経営が安定し、共同店は永続し雇用を維持できる。

 「みんなが少しずつ我慢することで、みんなで生きていくシステム」。沖縄の地域創生に携わるコンサルティング会社、カルティベイトの開梨香社長は、共同店のあり方をこう表現する。そんな助け合いの精神を沖縄では「ゆいまーる」と呼ぶ。

 開社長が言うように、この独自のシステムは、共同体の各メンバーが経済合理性を過剰に追わないことで成り立っている。

東京にはない「地域の幸福」

 デフレの進行が一段落したとはいえ、日本の他の地域では今も、顧客は1円でも安く買おうと店を選別し、企業は1円でももうけようと競争に明け暮れている。だが互いに経済合理性を追求した結果、ともに恩恵を得ているかといえば、そうではない。

 「店側は過当競争による利益なき繁忙で消耗し、くしの歯が欠けるように撤退が続いている。その結果、便利なはずの都内ですら、買い物難民が増えている」。船井総研の丹羽シニアアソシエイトはこう指摘する。

 みんなが経済合理性を追求したからといって、社会全体が合理的になると限らない(下の囲み記事参照)。むしろ発想を転換し、それぞれが利益を過剰に追求せず助け合えば、社会の生産性はかえって高まり、成熟社会でも企業の存続や生活レベルの維持が可能になる──。そんな教訓が、沖縄の共同店の事例からは学び取れる。

 こうした顧客と地域、企業の助け合いで繁栄を維持する構図は、前半に登場した「超ニッチ・超高付加価値店」にも共通するものだ。

 街角にひっそりと立つ「潰れそうで潰れない店」。それは、今後、人口減少時代を控えた日本と日本人に重要なヒントを示している、と言えそうだ。

他にもある「潰れそうで潰れない店」

 「潰れそうで潰れない店」は、想像以上に様々な業種に点在している。

 まず、決して繁盛しているように見えないのに、延々と存続している業態に和菓子店がある。和菓子店は寝具店同様、製品に対する材料など、原価率が低いのが強みだ。ある和菓子店に聞いたところ、例えば100円のどら焼きの場合、製造原価率は3割程度。残り7割が利益になる。

 自転車店も、街でよく見かけるしぶとく商売を続けている店の一つ。収入の柱は、自転車販売より修理代の工賃だ。パンク修理などは穴を塞ぐゴムのパッチと接着剤が原価で数十円。修理代1000円ならば、ほとんどが技術料になる。

 自転車店には、ここにきて追い風も吹いている。電動アシスト自転車の普及だ。通常の自転車に比べバッテリーで駆動する分、構造が複雑で点検や整備が欠かせない。実際に1カ月、3カ月、半年点検など自転車店には自動車並みの点検メニューが並ぶ。いずれも料金は数千円になるが、作業自体は数分で終わることも多い。

 どう見ても潰れそうなのに潰れない次なる業態は金物店だ。ここも、技術料でもうけている。特にドル箱は合鍵作り。加えて、うっかり鍵を忘れて外出してしまった人からの依頼を受け、玄関の鍵を開ける「鍵開け」もうまみが大きく、1回の出動で、出張料込みで1万円以上の手間賃を取れることもあるという。

 さらに、商品単価が低く利益を出しづらい上、大型店に押され廃業が続出している文具店の中にも、「潰れない店」はある。和文具中心の品ぞろえをしている店だ。

 「和紙や和風柄の文具などは、一般文具に比べある程度、値段が高くても売れるので利益率が高い。蒔絵を使った万年筆の値段は1万~2万円。中には100万円以上する製品もある。最近は海外へのお土産としての人気も高い」。こう話すのは、文具卸大手の東京クラウン(東京都江東区)の水谷政一・営業統括部長。海外からの観光客が多い、東京下町の老舗文具店では、今や売り上げの半数以上が和文具だという。

もう一つの沖縄の知恵:「模合」という仕組みと、囚人のジレンマ

 助け合いの精神「ゆいまーる」は、共同店以外でも沖縄県民に浸透している。沖縄版助け合い「模合(もあい)」だ。

 仲の良い友達同士でグループを作り、全員が毎月一定金額を持ち寄り、集まった金を順番に受け取っていく(最も単純なケースで様々なルールがある)。資金需要の時期が異なった様々な業種が集まる商店街などで実施すれば、互いに資金ショートを回避し合う仕組みになり得る(図参照)。

地域が一体となって資金ショートを回避
●沖縄版助け合い「模合」のイメージ図

 戦前には模合と同様の相互扶助の仕組みが、「無尽」や「頼母子講(たのもしこう)」といった呼び方で全国各地で盛んに実施されていたが、金融制度の近代化により姿を消した。沖縄は戦後の金融市場の発展が遅れたことで、こうした民間金融が普及したとも言われている。

 共同店、模合…。沖縄で今も続く助け合いの仕組みに対し、「そんな非効率なことをしていたら企業も個人もここから先の競争社会で生き残れない」と思う人もいるかもしれない。

 だが、本編でも触れたように、みんなが効率を追求したからといって、社会全体の効率が高まるとは限らない。

 1950年、カナダの数学者、アルバート・タッカーは、全員が合理的に行動すると、全体としては不合理な結果が生まれてしまう「囚人のジレンマ」モデルを考案した。

 そこでは2人の囚人が登場し、検事から4つの選択肢を提示される。

 ①黙秘し仲間が自白すれば懲役10年(仲間は釈放)②自白し仲間が黙秘すれば釈放(仲間は懲役10年)③互いに自白したら共に懲役5年④互いに黙秘したら懲役2年──。

 あなたならどうするか。数学的な合理性を追求すれば自白するしかない。運よく相手が黙秘すれば釈放されるし、互いに自白しても懲役5年で済む。何より自分だけ黙秘し仲間に裏切られ懲役10年になるという最悪の事態を避けられる。

 ところが、あなたがそう思うならば、当然、相手もそう思っている。こうして2人が「合理的だ」と思う選択をする結果、懲役2年でも釈放でもない、共に懲役5年という“かなり不合理な結果”が待ち受けてしまう。

 これまでの日本は、企業や消費者が互いに経済合理性を追求しても社会はうまく回ってきた。だが、人口減少に伴い起こり始めた社会の様々な異変は、「社会の構成員が全体最適を意識しながら行動しないと、全体の幸福度が落ちる時代」に、日本が入り始めたことを示唆している可能性が高い。

 沖縄の2つの仕組みに学ぶことは決して少なくない。

(日経ビジネス2016年5月2日号より転載)