副業は生産性を高める手段

 ある社員は、本業で消費者向けウェブサイトの開発を手掛けるが、副業として、主にネット業界ではない企業に向けてウェブサイトの作成・運用といったコンサルティングを始めた。

 本業では得られなかった消費者のリアルな声が把握できるので、本業の生産性が高められるという。「会社が『副業OK』と言ってくれて、ありがたいと思った」とその社員は話す。

 「働き方改革」が進んでいる会社からは、こうした声が自然に生まれている。

先進からブラックまで、改革不可避

 サービス残業は当たり前。求人条件も不透明──。ここまで「働きがいのある会社」ランキング上位の先進事例を見てきたが、一方で労働基準監督署からの是正勧告を受ける企業は、今も後を絶たない。

 そんな「ブラック」なイメージが根深いエステ業界に、独特の手法で働き方改革に取り組む企業がある。総合エステ最大手のTBCグループだ。

 「勤務間インターバルについての労働協約をエステ・ユニオンと結んだ」。昨年12月、都内で開かれた記者会見でTBCの幹部が発した耳慣れない言葉に、集まった記者の中にはけげんそうな表情を浮かべる者もいた。

TBCが勤務間インターバル

 勤務間インターバルとは、勤務と勤務の間に一定以上の休憩時間を設ける制度のことだ。日本では労使で「36協定」を締結すれば、労働時間の上限を取り払うことができる問題点があり、労働時間規制が機能していないと指摘されている。

 導入すれば、繁忙期でも長時間労働に一定の歯止めをかけられる。従業員の健康を守る効果があるとして、働き方改革が叫ばれる中で注目を集めるようになってきた。現在開会中の通常国会でも議論に上っているほか、今年の春季労使交渉(春闘)でNTT労働組合が要求項目に掲げている。

 欧州連合(EU)では勤務間に連続して11時間の休息時間を取ることが、規制として義務付けられている。日本でもホンダやKDDI、ユニ・チャームなど大手の導入事例が増えつつある。さらに厚生労働省は1月、中小企業事業主を対象に勤務間インターバル制度を導入する際の経費の一部を助成する制度を創設した。

日本でも事例が増えつつある
●勤務間インターバル制度の導入事例
日本でも事例が増えつつある<br />●勤務間インターバル制度の導入事例

 TBCグループは今回の協約で休息時間を9時間と定め、将来的にEU並みの11時間を目指す。前日夜の退社が遅くなって休息時間が始業時間に食い込んでしまったら、その時間については休息したままで給料を支払うという。対象となるのは、全国の店舗と本社にいる約2000人の社員だ。

 TBCはこれと併せて、数千万円をかけてICカードで残業時間を管理するシステムを5月までに全店舗に導入する計画だ。

 長時間労働への世間の監視の目が厳しくなるのに従い、労基署はタイムカードだけでなく入退館記録と合わせて労働時間を推定するようになってきた。新入社員が過労自殺したことが社会問題になった電通でも、労基署は同様の手法で違法な長時間労働があったことを認定している。そうした動きに対応し、残業の申告漏れが極力発生しない仕組みを作る狙いだ。

 もっとも、勤務間インターバルについては単に就業規則で定めれば良さそうなもの。わざわざ「労働協約」を締結して世間に公表するという珍しい手法を取るのはなぜか。

 TBCの長南進亮人事総務部長は「会社がいくら制度を設けたと言っても、実際に守られていると思ってもらうのは難しい。だが、労働協約という形で労働組合のチェックがあることを示せば、働き方改革に真摯に取り組んでいることを理解してもらえる」と狙いを語る。エステ・ユニオンの佐藤学執行委員は「会社が合意に反すれば、すぐに協議に入る。その事実は世間に周知され、会社が是正を強いられることになる」と説明する。

 すなわち、外部の目を入れることで、社内外に長時間残業の撲滅を周知しようというわけだ。退路を断って、働き方改革を進めるTBC。ここまで徹底的にやるのは、働き方に関わるマイナスとプラスの両面を同社が身をもって体験したからにほかならない。

 実はTBCは昨年3月、労基署から是正勧告を受けている。

(写真=都築 雅人)
(写真=都築 雅人)
外部チェックで実効性アピール
●TBCグループの働き方改革の経緯
外部チェックで実効性アピール<br />●TBCグループの働き方改革の経緯

 休憩時間中でも、店舗には顧客から予約などの電話が入ることがある。出ないわけにはいかないが、それがどんなに短時間の応対でも休憩を中断して勤務していることになる。ところが、それを申告していないケースが一部店舗であったという。ささいな問題と思う読者もいるかもしれないが、法律違反であることは間違いない。最終的に労基署から是正勧告を受け、マスコミに大きく報道された。

 この問題を巡って、TBCは2015年末からエステ・ユニオンと話し合いを続けながら、並行して働き方改革に取り組んできた。2016年1月には社内で労務問題などが発生した時の窓口を明確化し、タイムカードの打刻タイミングが店舗ごとにばらつきがあったのも統一した。同年5月には全国の店舗から全店長を本社に呼び寄せて、労務教育を実施している。

PR効果で求人応募が1.5倍に

 TBCはもともと離職率が比較的低く、業界の中で労働環境の水準は高い方だったという。エステ・ユニオンとの関係もTBCの労働実態への理解が進むにつれて良好になり、だんだんスムーズな情報交換ができるようになってきた。労働協約作戦は、その結果生み出されたと言える。

 第1弾は昨年8月の「ホワイト求人労働協約」だ。求人の際に離職者数や育休の取得者数といった情報を公開するほか、残業代の計算方法や基本給の額なども明示する内容だ。

 実はTBCでは既にそうした求人を実施していた。だが、エステ業界では求人要項に基本給のほか固定残業代も含めて記載する企業が多かった。TBCの求人要項では見た目の給料が少なくなるため、同業他社に人材を奪われるケースもあったという。こうした不透明な求人手法は法律に反しているが、求人サイトも厳しく取り締まってこなかった。そのため、エステティシャンは働いてみないと実際の給料が分からない状況だったという。

 労働協約の効果は、すぐに表れた。「高校の先生に明確な数字を伝えてホワイト企業であることをアピールしたら、安心して生徒を推薦してくれるようになった」(長南氏)。高校生の応募は1.5倍に増え、今年4月には前年より80人多い約450人の新人が入社することが決まった。他のサービス業と同様、人手不足にあえぐエステ業界においては画期的な成果だ。

 給料体系の透明化の動きは業界内にも波及した。ホワイト労働協約を締結してから、同業他社に求人条件を明確化する動きが見られるようになったという。「今後も業界の健全化をリードしていきたい」と長南氏は意気込む。

 政府は残業時間が事実上青天井となっている現状を問題視しており、上限を月平均60時間、繁忙期でも100時間とする方向で調整を進めている。早ければ年内にも労働基準法の改正案を国会に提出する構えだ。

 規模や業態にかかわらず、働き方の抜本的な見直しなくしては企業は生き残れない時代となった。是正勧告を受ければ企業価値に痛手を負い、労働環境に問題があれば他社に人材が流出する。「働きがい」を追求する意義が今、改めて浮き彫りになっている。

(日経ビジネス2017年2月13日号より転載)

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