無人島、古民家、宗教施設、自宅駐車場にマンションの軒先…。
一昔前には考えられなかった遊休資産レンタルビジネスが勃興している。
本格的に普及すれば、地方創生や老後不安解消へのきっかけにもなり得る。
東京湾に浮かぶ神奈川県横須賀市の猿島。横須賀市は、探検心をくすぐるこの無人島の1日レンタルを開始した
「無人島の1日オーナーになってみよう」
2015年11月、そんなレンタル告知がインターネット上に登場した。借りられるのは、東京湾に浮かぶ無人島「猿島」(神奈川県横須賀市)。レンタル料は1日7万8500円で、企業のイベントや研修で借りてもいいし、1人で贅沢に「1日無人島生活」に挑戦してもいい。
猿島に上陸するには横須賀市の中心部から徒歩12分の場所にある三笠桟橋から船に乗って10分ほど。面積は5万6600平方メートルと東京ドームの1.2個分、外周1.6kmの小島ながら、東京湾で最大の島だ。
2014年設立の新興企業、スペースマーケット(東京都新宿区)が、横須賀市とともにこのサービスを考案した。
横須賀市では猿島を有効活用できないか思案してきた。夏の間はいい。バーベキューや海水浴ができる海岸があり、そこから島の内部の森を歩いていくと、レンガ積みのトンネルや砲台跡などの旧軍施設がある。非日常的空間で探検気分が味わえることから島を訪れる人も多く、仮面ライダーのロケ地などとしても使われてきた。
問題は12~2月の冬季。この時期は訪問者がめっきり減り平日には島に渡る船も出ない。エンターテインメント施設や飲食店舗など何らかの観光施設を新設すれば状況は変わるかもしれないが、予算は限られている。
それだけに「島そのものを貸してしまう」というスペースマーケットの提案は傾聴に値するものだった。
「ワンオブゼム」で島に訪れるのと、「全面貸し切り」では何をするにしても自由度が全く違う。ここ数年はバラエティー番組でも「無人島開拓」や「無人島サバイバル」が人気のテーマ。屋外での企業研修を実施するにしても、周りを海に囲まれた環境なら臨場感は一層増すし、音楽系のイベントなどは騒音対策への負担も大きく減る。模擬弾で擬似戦闘するサバイバルゲームなどには、格好のシチュエーションだ。
横須賀市への経済効果も大
地域への経済効果も大きい。レンタル料に加え、人数分の入島料、特別便として運航する渡し船や島に渡る前の横須賀市内での食品などの購入、イベント終了後の打ち上げ需要などを考えれば何もしないよりずっといい。
初年度は告知開始が11月だったこともあって、2015年1月27日現在の引き合いは10件程度。問い合わせの内容は「全社員研修&周年イベント」「ダイビンググループのイベント」「アパレル会社の展示会」「サバゲー」など。吉本興業からは「芸人のファンイベントができないものか」と相談を受けている。
実績こそないものの、この「無人島レンタル」には、横須賀市以外の、無人島を所有する多くの自治体が注目している。「非日常空間」「気兼ねなく騒げる」といった条件は、猿島特有のものではないからだ。
国土交通省によれば、日本には6430の無人島がある。スペースマーケットの重松大輔社長は「そうした島や自治体が持つ施設を有効活用できれば、人口減と税収減に悩む自治体にとって、財政再建の一助になる」と語る。
創業以来、「式がない時の結婚式場」「オフィス内の空き会議室」「営業時間外のカフェ」などのユニークなレンタル仲介を手掛け、現在4500件の物件を登録する同社。収入源はスペースの所有者からの仲介手数料で、レンタル料の20~35%を得る。2016年12月期の取扱高は10億円を見込み、3年後には100億円まで伸ばすのが目標だ。そんな同社がここへきて、仲介する物件の幅を一段と広げつつある。
鎌倉市、由比ガ浜に近い古民家。1月11日にここを借りて結婚披露パーティーが開かれた(写真=北山 宏一)
例えば古民家。神奈川県鎌倉市内の空き家を、鎌倉出身のダンサーが改装し創作活動の場として活用しているが、コンサート期間などは使わないことも多い。今、この古民家はスペースマーケットを通じ1時間6000円でレンタルされている。
週末にはパーティーの利用などがあり月間10万円ほどの収入になる。貸し主のダンサーは「多くの人が集うことで、表現を共有、創造して発信する場に変わってきている。とても心が弾む」と語る。
空き家の増加もまた、衰退する地方における遊休資産。総務省の調査によると2013年、日本の空き家数は全国の住宅の13.5%に当たる820万戸ある。無人島と異なり放置すれば倒壊する恐れもある空き家。「古民家レンタル」もまた、地方衰退を食い止める一助になる可能性は高い。
教会も神社も借りられる
東京地下鉄(東京メトロ)の九段下駅前にある九段教会。「教会に親しみを持ってほしい」とチャペルなどの場所貸しを始めた
無人島、空き家以上に意外な施設もレンタルの対象になりつつある。教会や寺、神社などの宗教施設だ。いずれも信者専用の施設だが、そうも言っていられない状況になりつつある。
東京都千代田区にある九段教会。ここではチャペルや集会場など教会内の4カ所を一般に貸し出している。維持費が年間で300万円かかる一方で、周辺住民の減少、高齢化などから信者が減り献金も減った。
髙田和彦牧師は「教会は一般の人にとって入りづらいイメージがある。日曜日の礼拝と結婚式など以外、あまり使われないスペースを貸し出すことは収入面だけでなく、教会に親しみを持ってもらう効果がある」と話す。
チャペルを使ったミニコンサート、インテリア製品の撮影、集会場を使った料理教室などが既に開催された。
人口減少が加速する地方では特に、宗教施設が遊休資産になりつつある場合もある。
拡大する変わり種レンタル市場。それは地方衰退のみならず、個人の老後不安を解消する潜在力も秘めている。
東京都杉並区にある戸建て駐車場。住人はクルマを持っておらず、半年前から1日レンタルを開始している
例えば個人の駐車場。駐車場付きの戸建て住宅を買ったが、その後、生活のダウンサイジングでクルマを売ったという人もいるはず。そうやって空いた駐車場を探し出し、インターネットで貸している企業が増えている。
大阪市に本社を置くakippa(あきっぱ)はその一つだ。スマートフォンのアプリなどを使って空き状況を確認して、1日単位で予約ができる。現在約4500カ所をレンタル仲介しており、2万カ所に増やすのが当面の目標だ。
金谷元気社長はサービス開始のきっかけについて「新事業立ち上げの会議で、社員から『コンサートにクルマで行った時、駐車場がどこも満車で困った』と課題の提案があったこと」と話す。調べてみると、東京都心や大阪市では駐車場のニーズに対して圧倒的にコインパーキングなど時間貸し駐車場の供給が少ないことが分かった。
東京都杉並区の住宅地にある戸建ての駐車場もそうした物件の一つ。1日900円でのレンタルを昨年7月から始めた。持ち主は元エンジニアで退職を機に副収入を得るため、貸し出しを考えたという。金谷社長は「コンサート会場の近所など人気スポットなら月3万円以上、稼ぐ人もいる」と話す。
駐車場付き戸建てに住みながらクルマを持たない層の代表は、高齢者だ。子供が独立し遠出しなくなったり、運転に自信がなくなったりその理由は様々だが、いずれにせよ、駐車場レンタルで年金とは別に収入の柱ができるなら、それに越したことはない。
同じく個人駐車場のレンタルを仲介する軒先(東京都目黒区)は社名通り、オフィスビルやマンションなどの軒先のレンタルサービスも展開する。
東京都目黒区にあるマンションの軒先。移動販売店のニーズが多く、立派なレンタルスペースになる
上の写真は目黒区にあるマンション。桜の名所である目黒川の近所にあることから移動販売店からスペース借りの需要が高い。西浦明子社長は「移動販売店の経営者にはスペースの確保、マンション側にとってはレンタル収入を修繕費など管理費に充てられるメリットがある」と説明する。
別荘の空き時間からも現金収入
個人所有の別荘が借りられるステイケーション。伊豆や湘南など別荘地区の物件を掲載、高級別荘のため価格は高めだ
別荘を買ったものの、なかなか行けず、使わないことが多い。もったいない──。そんな悩みがある人には、別荘のレンタルを仲介してくれるサービスがある。
手掛けるのは2013年設立のSTAYCATION(ステイケーション、東京都渋谷区)だ。川邊真代・代表は「別荘のレンタルは欧米に比べ日本では一般的ではないが、確実にニーズがある」と語る。ホームページには「憧れの別荘生活」を喚起させる魅力的な物件が並ぶ。
総務省によると、世帯主が65歳以上の高齢世帯の家計資産額は約5000万円あるが、その半分以上は不動産だ。が、不動産は自分で所有しているだけでは現金収入は生まず、固定資産税や維持管理費だけがかかる。別荘レンタルを活用すれば、現金収入を得ることが可能になる。
民泊サイトのエアビーアンドビーやライドシェアのウーバーなど、欧米生まれのシェアリングサービスが日本に上陸しつつある。ただ、日本に普及する上で、法律面の未整備とともに壁となりそうなのが、「未知の他人と資産を貸し借りする文化」の希薄さだ。
個人宅駐車場のレンタルには前向き
●シェアリングエコノミーへの消費者の考え方
出所:2015年版情報通信白書(総務省)
が、欧米流のシェアリングサービスには抵抗があっても、変わり種レンタルには理解を示す人は多い。総務省の情報通信白書を見ても、個人宅で他人と一緒に泊まるような民泊には及び腰でも、個人駐車場のレンタルなどは既に過半数の人が「利用したい」「検討してもよい」と考えている。個人間でのモノのレンタルサイト「モノシー」など楽器や工具などの貸し借りを仲介するサービスもにわかに活発化してきた。
個人間レンタルサイトの「モノシー」。楽器や工具など個人所有のモノが借りられる
無人島レンタルにせよ軒先レンタルにせよ、それが地方活性化や個人の老後不安解消に少なからずメリットをもたらす以上、今後も普及していくのは確実だ。変わり種レンタルが、シェアリングエコノミーという新しい形の消費の土壌をこの国に築く可能性は、決して低くない。
(日経ビジネス2016年2月8日号より転載)
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